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特集・なごやエコ最前線

地域の遺産であるため池を守る名東区の猪高緑地で池干しを実施

名古屋市名東区の猪高緑地にあるすり鉢池で2021年11月14日、池の水を抜く池干しが行われた。自然や生き物への関心を深めてもらおうと、地元で環境保全活動に取り組んでいる名東自然倶楽部やなごや生物多様性センターなどでつくる「すり鉢池 池干し実行委員会」(以降、実行委員会)が企画した。当日は参加者やスタッフを含め約100人が参加。たも網を手にした子どもたちが水を抜いた池に入り、泥の中から多くの生き物を捕まえた。今回の池干しから、名古屋市内の各地に今も数多く残っているため池の役割や直面している課題、池干しを行う意味などについて考えてみた。

掲載日
2022-01-05
取材・文
新美 貴資
小さな池で生きるたくさんの命

池干しは、青空が広がる好天の下で午前中に行われた。この催しは、貴船、上社、極楽の3つの地元の学区、名東自然倶楽部、名東土木事務所、区役所、環境科学調査センター、なごや生物多様性保全活動協議会、なごや生物多様性センターで構成する実行委員会が実施した。昨年に行われる予定だったが、新型コロナウイルス感染症のため延期となり、この日の開催となった。池干しとは、「かいぼり」とも呼ばれる〈池の水ぬき〉(安斉俊『池の水なぜぬくの?』くもん出版)のこと。実行委員会の事務局である同センターによると、池干しは名古屋市内で毎年1、2か所程度実施されているが、すり鉢池で行われるのは初めてだという。

胴長をはいた地元の小学生たちは、スタッフから泥の中での歩き方について指導を受けると、ゆっくりと池の中へ足を踏み入れた。半分を超える量の水が抜かれ、もっとも深いところでひざ丈くらいまで浅くなったため池は、長く眠っていた褐色の底が広がり、残った水面には追い込まれた魚がつくる波紋があちこちで生まれては消えている。スタッフがそばで見守るなか、子どもたちは夢中で生き物を追いかけ、たも網からあふれ出そうなコイや丸まるとしたフナなどを泥だらけになりながら捕まえた。生き物は捕り残しがないよう、この催しが終わった後に同委員会の担当者らが再び池の中に入って丹念に探し、ほとんどが捕獲された。

同委員会の発表によると、今回の池干しで捕獲された生き物は、在来種がミナミメダカ129匹、モツゴ1238匹、カワリヌマエビ属の一種76匹、スジエビ1244匹、ナマズ1匹、フナ類109匹、オオヤマトンボの幼生3匹。外来種がウシガエルの亜成体(筆者注:成体になる前の段階のこと)3匹、ウシガエルの幼生289匹、アメリカザリガニ320匹、ブルーギル3386匹、飼育型のコイ15匹、改良品種のメダカ2匹となった。なかでもウシガエルとブルーギルは、生態系、人の生命や身体、農林水産業へ被害を及ぼす、または及ぼすおそれのあるものとして「特定外来生物」に指定されており、法律で飼ったり、他の場所へ移したり、生きたまま保管したりすることが規制されている。捕獲した生き物のうち外来種は処分され、在来種は同委員会でいったん保護された後、池の水量が回復してから戻されることになる。この日は、生き物の捕獲だけでなく池の中のごみ拾いも行われた。同月29日には、池にたまった泥を取り除くしゅんせつ作業が実施され、回収した泥は緑地内の開けた草地にまかれ、肥料として活用された。

何十年も先につながる意義ある調査

捕獲された生き物は、スタッフらの手によって傷つけないよう丁寧に、弱らせないよう急いで池と隣接する広場に運ばれ、そこに並ぶ大型の水槽に種ごとに移された。その中の一部は展示され、スタッフが生態や体の特徴などについて解説した。展示されている水槽をのぞくと、フナ類、ブルーギル、アメリカザリガニ、ウシガエルの幼生などの他に、熱帯魚の水槽で飼育されるラージパールグラスという聞いたことのない水草もあった。捕獲した生き物のなかには、観賞用に改良されたメダカもいたことから、人間が放した生き物がこの池で生息していたことがわかる。目の前の池で捕獲されたばかりの多種な生き物を、多くの見学者が熱心に見入っていた。

すり鉢池は、広さが約1450平方メートル、水深はもっとも深いところで約120センチの、10分もあれば周囲を歩くことができるような小さな池である。そこにこんなに生き物がいるとは全く想像できず、捕獲されたものの種類や数はもちろん、在来種と外来種が混在していることにも驚いた。池干しについて十分な経験と知識をもっているなごや生物多様性センターの担当者らは、今回得られた成果と知見について、たくさんの生き物を捕ることができ、なかでもフナが多く生息していてナマズも確認できた点をあげた。実行委員会委員長の長沢孝行さん(上社学区区政協力委員長)は「池の生態を調べることは意義のあること。この調査の結果は何十年も先につながる」と話した。

行政と地域が連携して守る

今回の池干しは、(1)自然や生き物への関心を深める(2)生態系の保全・再生を図る(3)「地域の財産」としての池を大切に守り育てる意識を醸成するーことを目的に実施された。また、池の中にたまった泥を取り除くことも大切なことであった。〈昔の日本では、3年から5年に一度くらいの割合で、稲作が終わった冬から春にかけて、農業用の池の水を抜いていました。泥の中の余分な栄養を流しだしたり、そこにたまった泥を太陽に当てて干し、酸素を入れたりするためです〉(前掲『池の水なぜぬくの?』)。池の底には、生き物のふんや死がい、水辺の枯れた植物が沈む。池のまわりからも木の枝や葉、砂などが流れこみ、泥となって底にたまる。泥が堆積し続けると池はどんどん埋まり、生き物も棲めなくなってしまう。だから、〈古い泥を流し出してきれいにする“洪水”と同じ効果を、生きもののために人の手で起こす〉(同)ことが大切で必要なことであったのだ。

2021年6月に名東生涯学習センターで開かれた公開講座で「池干しで守る水辺の生物多様性」と題して講演した愛知学泉大学教授の矢部隆さんは、ため池の役割について「農作物を栽培するために水をためる人工の池」「水を確保する」「水を温める(熱帯起源のイネを栽培するため)」と解説したうえで、ため池には、(1)農業用水の供給(2)自然環境の保全(多様な生物の生息空間)(3)憩いの場(4)学習の場(5)洪水の調節(6)緊急時の水源(7)歴史・文化財―といった多面的機能があり、かけがえのない地域資源であると強調した。そして、「ため池の老朽化」「農家の減少(管理の粗放化)」「水質の悪化」「ゴミの投棄」「水難事故に対する安全対策の不備」「都市化の進展によるため池の埋め立て」を課題にあげた。さらに、人間がため池を管理できないと環境が悪化し、多面的機能が発揮できなくなればため池が失われてしまうことから、将来にわたりため池を守るためにやるべき具体的な取組として、行政と地域が連携し、(1)地震や大水に耐えられるよう土手や堤の強化(2)植生遷移に対する適切な撹乱のため水辺エコトーン(岸辺)の管理(3)在来種の保護・外来種の防除・富栄養化の緩和といった生物多様性の保全に池干しを活用する―ことを提案した。

身近な自然に関心を持ってほしい

地元の学区も協力し、地域の人びとと行政が連携して実現したすり鉢池の池干しは、これまでにない画期的な催しとなった。なかでも、猪高緑地で長年にわたって環境保全活動を継続し、準備を行ってきた名東自然倶楽部の存在は大きかったと感じている。常日頃から観察し見守ってきたから、過去と比較して現在の状況を知ることができるし、次の世代に伝えていくことが可能となる。この池干しを行うため、1年以上前から事前調査が行われ、池干しの予備知識を学ぶためのなごや環境大学共育講座も連続で企画されるなど、さまざまな取組が関係者によって進められてきた。すり鉢池では、今後も継続してモニタリング調査が行われる予定である。実行委員会副委員長で同倶楽部会長の高木和彦さんは「この成果を活かし、在来種が生きていける自然が保てるよう活動を続けていきたい。身近な自然に関心を持ってすり鉢池を見守ってほしい」と話した。

詳しく調べてみないとわからないが、農業用水として利用され、人の手による管理がされていたと考えられる昭和の中期、1960年代くらいまで、すり鉢池でも池干しはおそらく定期的に行われていたはずで、池の水が抜かれたのは半世紀ぶりくらいではないか。ため池の水を抜く大きな目的の1つに、泥を外に出すことがあった。昔の人びとは、この泥を田畑にまいて肥料にしていた。そして、水草は家畜の餌にし、岸辺に生えるヨシなどは日用品の材料として使っていた。また、池干しの際に捕獲した魚は人びとの貴重なタンパク源になった。こうした人間の手による「適度な攪乱」が生物多様性を高くしていたと考えられる(参考:花里孝幸『自然はそんなにヤワじゃない』新潮社)。自然と共に暮らしてきた先人が造り、利用しながら守ってきたため池。この遺産を未来につないでいくための一つの可能性が、今回の池干しで示されたのではないか。そして、こうした取組から生まれた連携のなかに、時代に沿った形で地域社会と自然を結びなおす重要なヒントが含まれているのではないかと感じた。