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上下水道の歴史と役割、そして防災について学べる「水の歴史資料館」

取材・文 浜口 美穂
  • まち

名古屋の水道水はおいしいと言われるが、蛇口から当たり前に出てくる水がどこから来て使用後はどこへ行くのか、そして、そのおいしさの訳も知らない人が多いのではないだろうか。その上下水道について歴史をたどって教えてくれるのが名古屋市千種区にある水の歴史資料館。さらに、いつ起こるか分からない災害に備えて給水やトイレの対策についても学べるのが同館の特徴だ。非常時に消火栓からも給水できる?! マンホールトイレ?! 知りたい人は水の歴史資料館へ行ってみよう。

水道発祥の地に開設

水の歴史資料館は、千種区の旧東山管理事務所を改修し、2014年9月に開館した。名古屋市が給水を始めてちょうど100年にあたる年、名古屋市上下水道100周年事業の一環でもあった。ちなみに下水道はそれより2年前の1912(大正元)年に事業を始めている。これまで下水道科学館は北区名城にあったが、水道に関する広報施設はなく、ちょうど空いていた旧東山管理事務所を利用して総合的な上下水道の広報施設を設置することになったという。

1914(大正3)年、木曽川から犬山取水場で取水した水を千種区の鍋屋上野浄水場でろ過し、約1km南の高台(標高約50m)に造った東山配水池にポンプで送り、そこから高低差を利用した自然流下で市内へ水を送ったのが名古屋の水道事業の始まり。東山管理事務所は、1934(昭和9)年に整備された東山配水場5号配水池に隣接し、2010年3月まではここで市内全11カ所の配水場・ポンプ所の集中管理を行っていた*。つまり、ここはまさに名古屋の水道発祥の地とも言え、歴史資料館としてはふさわしい土地でもあったのだ。5号配水池の入口のレトロな外観は今でも間近で見学でき、近くには創設期の水道管などの屋外展示もある。県道を隔てた反対側には千種区のランドマークとなっている東山給水塔(1930〜1973年までは東山配水塔として主に八事方面に配水していた)もあり、水道の歴史を垣間見ることができる。

* 配水場・ポンプ所の集中管理の機能は、2010年4月から鍋屋上野浄水場に移管され、空き施設となっていた。

鍋屋上野浄水場の旧第1ポンプ所(名古屋市上下水道局ウェブサイトより)。1914(大正3)年3月に完成、9月から給水を開始し、1992(平成4)年まで使われた。レンガ造りの建物は名古屋市指定有形文化財になっている
東山配水場5号配水池
東山給水塔(名古屋市ウェブサイトより)。現在は災害時の応急給水施設として使用。都市景観重要建築物等に指定されている

先人の知恵・おいしさの訳に触れる

入口を入ってすぐ、インフォメーションの隣によく冷えた水道水のサービスコーナーがある。金シャチの飾りの下に蛇口があり、名付けて「金鯱水(きんこすい)」。まずは、ここで名古屋の水道水のおいしさを確認しよう。

展示室は四つに分かれており、第1展示室は「上下水道の歴史」を紹介する部屋。江戸時代、尾張藩が布設した上下水道から始まり、名古屋の水道・下水道事業の100年のあゆみについて年表や当初の機材などを展示して紹介している。明治時代、水道を布設するにあたり、2人の技術者に調査を依頼し、採用されたのが木曽川を水源とする案。この時、水量豊富で水質が良い木曽川を選んだことが、断水の心配もない、おいしい水道水につながっていることを知ることもできる。

第2展示室は「水道」に特化した部屋。配水の仕組みや工業用水道・消防水利の役割や歴史についても紹介している。第3展示室は「下水道」に特化した部屋。活性汚泥法による水処理の仕組みや当初の様子などを紹介している。全国的に見た名古屋の下水道の特徴と言えば、この活性汚泥法にいち早く取り組んだことだ。イギリスで開発されてから間もない1924(大正13)年に実験を開始、苦労の末、1930(昭和5)年に堀留・熱田水処理センターで日本初の活性汚泥法による下水処理をスタートした。

では、全国的に見た名古屋の水道の特徴は何か。鍋屋上野浄水場では、日本で2番目に大きい「緩速ろ過池」を持ち、水の48%を「緩速ろ過法」で処理している。緩速ろ過法でつくられる水道水は今や全国でも約3%しかない希少なものだ。急速ろ過法が薬剤を使い短時間で処理するのに比べ、緩速ろ過法は、ろ過砂の表面に付着した微生物などによってつくられる生物ろ過膜で不純物をこし取る方法で、安全でおいしい水ができるという。全国に水道が布設されていった当初は緩速ろ過法がほとんどだったが、水源の汚れとともに自治体の多くが急速ろ過法に移行。鍋屋上野浄水場では一日あたりの処理水29万m³のうち、15万m³は急速ろ過法、14万m³は緩速ろ過法で処理している。緩速ろ過が可能なのは、木曽川の水質が良いおかげといえるだろう。そういう意味で、名古屋市民は木曽川上流域にも関心を向ける必要がありそうだ。エントランスの壁一面には水源がある木曽山脈が描かれ、来館者の目を上流域へといざなっている。

第1展示室。尾張藩における上下水道の様子を、遺跡から発掘した木樋(もくひ)などの展示や絵図などで表している
第2展示室。外の配水管からどのように家庭に給水されているかがコンパクトにまとめられている
第3展示室。戦時中のマンホールや百周年記念デザインマンホールの蓋も展示されている

災害時の自助・共助・公助の情報を発信

小・中学生の分散学習をはじめ、来館者の興味を引きつけているのが第4展示室。「防災」の部屋だ。毎年、各地で起こっている大雨による浸水被害、地震による断水などの被害。この地域では南海トラフ地震の発生確率が30年以内に70〜80%と言われ*、災害への危機感も高まっている。第4展示室では、浸水対策、地震対策について、「自助」「共助」「公助」の視点から紹介している。部屋にはハザードマップも置かれ、住んでいる地域の状況を確認する来館者は多いが、自宅にいる時に被災するとは限らない。ということで、ぜひ見てほしいのが、「歴史災害から見る名古屋」のパネル。名古屋の地形は大きく三つに分かれ(西部の沖積平野、中央部の台地、東部の丘陵地)、それぞれの特徴によって災害リスクも違う。また、古くからの地名は土地の成り立ち=特徴を表しているものも多く、興味深い。知っておけば市内どこで被災しても避難行動に役立ちそうだ。

ところで、今、マンホールカード**の収集が流行っていることをご存じだろうか。同館にもカードを求めて遠方から足を運ぶ人もいるとか。実際にご当地マンホールを探し歩くファンもいるそうだ。そんなマンホールの中に災害時に役立つ機能を持つものがあることを知る市民は少ないのではないだろうか。「震災用」「地下式給水栓」と書かれたマンホールは、指定避難所となる市内の全市立小・中学校に設置されている。「震災用」はマンホールトイレ(下水道直結式仮設トイレ)設置用、「地下式給水栓」はマンホールの蓋を開けると給水栓があり、ホースを取り付ければ応急給水ができるようになっている***。第4展示室には、これらの実物も展示されているので、災害時に共助の一翼が担えるよう実際に見て学んでおきたい。さらに名古屋市上下水道局ウェブサイトには、住所を入れるとそのエリアの給水栓やマンホールトイレなどの位置が検索できるページもあるのでチェックしてみよう。

同館では防災教育にも力を入れている。2018年度上半期の「なごや環境大学共育講座」では、「水の歴史資料館で学ぶ 名古屋の下水道と大雨・防災」というタイトルで3回連続講座を企画。第3回目に「災害時のトイレ対策(家庭と避難所)」ということで、家庭における災害時のトイレの工夫を学び、マンホールトイレの組み立てを行った。下半期の共育講座でも第3回目に同様の体験が盛り込まれた。また、独自の講座としても11月に「消火栓なんでも体験防災講座」を実施。消火栓が非常時の応急給水施設になることも紹介した。

「雨、渇水、地震……水道・下水道に絡んだ災害はたくさんあります。上下水道局は水をお届けするのが使命ですが、災害が起きて最初の3日間は特に公助だけでは対応できないので、自助・共助で自ら身を守ってもらうことをお願いするしかありません。市民のための施設なので、自助・共助の情報も含めて防災について発信する役割を負っていると思っています」と、館長の伊藤元之さんは話す。

* 南海トラフ地震の発生確率:地震調査研究推進本部ウェブサイト
** マンホールカード:下水道広報プラットホーム(GKP)が企画・監修して、2016年に誕生。名古屋市上下水道局では2種類のカードを作り、アメンボデザインのカードは名古屋市下水道科学館で、下水道供用開始100周年記念デザインのカードは水の歴史資料館で配布している。
*** トイレ本体や給水栓につなげるホース、40kgもある重いマンホールの蓋を開ける道具などは、小・中学校の防災倉庫に備えられている。

第4展示室には、マンホールトイレ(ユニバーサル型)や段ボールトイレが展示されている
地下式給水栓の展示
2018年度上半期のなごや環境大学共育講座。第3回目「災害時のトイレ対策(家庭と避難所)」で実際にマンホールトイレの組み立てに挑戦
学区によっては、マンホールトイレが「ドント・コイ」型のところもある。講座では、受講者の学区に備えられているトイレの型によってグループに分かれ、2種類(ユニバーサル型、ドント・コイ型)の組み立てを行った

レンガ積みマンホールが展示の仲間入り

同館では各種のイベントも企画している。水道週間(6月1日〜7日)にちなんで毎年6月の第1日曜日に開催されている「なごや水フェスタ」には、今年も約1000人が訪れ、「はたらく車の大集合」が人気を集めた。

夏休みには子ども向けに水に親しむ工作教室や実験教室などを実施。冬季にも、クリスマスツリー・リース作りなどの工作教室を企画している。これらのイベントをきっかけに子どもだけでなく、保護者にも水の歴史資料館のことを知ってもらい、防災への意識も高めてほしいと毎回工夫を凝らしている。イベント情報はウェブサイトなどで随時発信しているので、興味のある人はのぞいてみよう。

12月1日には、新しい屋外展示を披露するイベントが開催された。下水道創設期から100年以上使われてきた全国的にも珍しいレンガ積みのマンホールだ。先着100名に記念のレンガ*がプレゼントされ、「出張! 下水道科学館」「館内ガイドツアー」も行われた。

最寄りの地下鉄駅からは徒歩17分とアクセスが良いとはいえない水の歴史資料館。しかし、市バスの本数が多い基幹2系統「谷口」バス停近くにある鍋屋上野浄水場から緑道「水の小径」(木曽川の水が水道水になるまでの流れをデザインしている)を散策し、終点が水の歴史資料館。春は桜、秋はナンキンハゼの紅葉も美しい。坂道を上りきれば東山給水塔も見える。名古屋市上下水道100周年事業では、このルートを「水の歴史プロムナード」(地図参照)と名付け、案内板も設置している。水道の歴史をたどりながらの散歩もまた格別。気軽に水の歴史資料館を訪ねてみよう。

* 記念のレンガ:鍋屋上野浄水場の緩速ろ過池の底に敷かれていた100年前のレンガ

2018年6月3日に開催された「なごや水フェスタ」の「はたらく車の大集合」。給水車の前では給水体験も行われた
2018年7月、「ペットボトルで水に親しむ工作」で作ったパタパタ舟で遊ぶ子どもたち
2018年7月、「金属探知機で宝探し」。ボックスロケーターで芝生に埋めたコインを探す子どもたち。金属探知機は、業務で地中に埋まってしまった止水栓や仕切弁の蓋を探すのによく使われていた
2018年12月1日のイベントで披露されたレンガ積みマンホール

【水の歴史資料館】

■住所:名古屋市千種区月ヶ丘1丁目1番44号
■開館時間:午前9:30〜午後4:30
■休館日:月曜日(休日の場合は直後の平日)・12月29日から1月3日まで
■TEL:052-723-3311
FAX:052-723-3312
■入館料:無料
※団体利用の場合は事前に連絡。