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森健(もり けん)さんの山仕事入門 〜「大量に輸入される木材」と「山中に切り捨てられた木々」のギャップから〜

取材・文 浜口 美穂
  • 自然

森林が荒れ、水源涵養・土砂流出防止などの公益的機能が失われるとともに増えている災害。それに危機感を募らせた市民や専門家による森林ボランティアグループが2000年頃から全国各地で増え始めた。豊田市でも、2006年に「とよた森林学校」を開設し、その講座の一つ「間伐ボランティア初級講座」の卒業生によって毎年一つの森林ボランティアグループが誕生している。その森林ボランティアの中には、名古屋市など都市住民の姿も少なからずある。
今回紹介するのは、豊田市旭地区で開催された森の健康診断の参加をきっかけに、とよた森林学校の講座を受講し、山仕事への道を歩み始めた名古屋市緑区在住の森 健(もり けん)さん。森さんの一年を振り返りながら、山仕事への窓口も紹介したい。さて、森さんを山仕事へと誘った“もやもや感”とは?

大きなシステムに振り回されない生き方をしたい

森 健(もり けん)さんが、豊田市旭地区で開催された「あさひ森の健康診断」、略して「あさひ森健(もりけん)」に参加したのは、2016年6月5日。森の健康診断は、人工林の健全度を市民と研究者が協働で調査するボランティア活動だ。森さんは特に森林に興味があったわけではなく、田舎への移住を見据えて手当たり次第にイベントに参加していた中の一つだった。もちろん森の健康診断を略して「森健」と呼ぶことも知らず、名前のご縁を感じたわけではなかった。

名古屋港にある木材の輸出入の検査をする会社に勤務していた森さん。土日も夜も関係なく、なかなか休みが取れない日々。体も頭もおかしくなる感じがしたという。そして漠然と「給料が止まったら僕たち家族は生きていけない。給料で生かされるのではなく、ちゃんと自分たちで生きられるようにしたい」と思って田舎への移住を考えた。2015年の秋のことだった。

インターネットで空き家バンクを検索しているだけでは分からない、現地を見ようと、ある日、豊田の山間部を車で走った。名古屋に帰る途中、たまたま立ち寄ったのが豊田市役所の足助支所。看板に導かれて2階に上がったら「おいでん・さんそんセンター」*があった。おいでん・さんそんセンターは、都市と農山村の交流をコーディネートする中間支援組織。そこでたまたま手にした冊子が、豊田の山里に移住した女性の暮らしぶりを紹介した『里CO(さとこ)』だった。

「やってみたい暮らしのイメージが本になっていた。移住がワンステップ具体的になって、“何が必要か“と考えた時、衣食住とエネルギーさえ何とかなれば、大きなもの(システム)に振り回されるような生き方をしなくてもすむんじゃないかと思いました。まずは畑がしたかったんです」

それを実現するためには、田舎とつながってないといけないと、同センターで紹介されたイベントに手当たり次第に参加するようになった。その手始めが「あさひ森健」だったのだ。

* おいでん・さんそんセンター:都市と山村をつなぎ、豊かで持続可能な社会に向けた中間支援の取り組みを行っている。2013年8月に市の出先機関として設立され、2017年4月に一般社団法人として再スタート。2016年度までの業務を受託する形で継続する。「地域スモールビジネス研究会」「移住・定住専門部会」「次世代育成部会」「食と農専門部会」「森林部会」という専門部会があり、いなかとまちの抱える様々な課題を解決するための取り組みを行っている。

おいでん・さんそんセンター「地域スモールビジネス研究会」が発行した『里CO(さとこ)〜とよたで見つけた ミライの山里暮らし〜』
(おいでん・さんそんセンター概要パンフレットより)

森の健康診断で感じたギャップ

森の健康診断* で旭地区の人工林に足を踏み入れた時、真っ暗で「森ってこんなに怖いんだ」と感じた。そして、山中に切り捨てられている木々を見て、毎日職場で目にしている山のような輸入材とのギャップを感じたという。

「毎日毎日、輸入木材を詰めた大型バスくらいのコンテナが30本くらい港に入ってくるんです。なのに、なぜこんなに山の中に木が切り捨てられているの? もっとちゃんと国内の木材を利用しないとまずいんじゃないの?と思いました」

森健は植生調査や混み具合調査をするだけなので、一歩進んで「切りたい!」と思った。「移住したら、きこりになろう」という思いが湧いてきて、豊田森林組合を訪ねた。「チェーンソーを握ったことはあるの?」と問われ、「ありません」と答えたら門前払い。でも、豊田森林組合が運営を担っている「とよた森林学校」を紹介してもらった。2016年9月に2泊3日の「間伐ボランティア初級講座」を受講。10月・11月には同講座のフォローアップ講座である間伐実習にも参加した。

* 森の健康診断:「愉しくて少しためになる」を合言葉に、市民が森林ボランティア、研究者と一緒に人工林に分け入り、その健全度を科学的に調べ、五感で体験するボランティア活動。長野県・岐阜県・愛知県を流れる矢作川流域で2005年に始まり、その後、全国に広がった。矢作川森の健康診断は毎年1回開催され、10回の2014年で終了。延べ2342人が流域の610地点を調査した。その10年の歩みと結果は、『森の健康診断の10年〜愉しくてためになる流域のキヅキとマナビ〜』(東京大学演習林出版局)にまとめられている。この活動は、2017年度愛知環境賞の銀賞を受賞した。あさひ森の健康診断は、矢作川流域で初めて地域住民が主体となって実施した森の健康診断。豊田市旭地区で2015年、2016年と2回開催し、2017年も開催に向けて準備中。

2016年(第2回)あさひ森の健康診断の植生調査。シートに葉を並べて草と低木の種類数を数える(写真提供:あさひ森の健康診断実行委員会)
2016年(第2回)あさひ森の健康診断の混み具合調査。森の健康診断オリジナル樹高測定器「尺蔵」を使用(写真提供:あさひ森の健康診断実行委員会)
2016年(第2回)あさひ森の健康診断の混み具合調査。木の幹の直径を測る(写真提供:あさひ森の健康診断実行委員会)

「どこかで何かがねじれている」というもやもや感

「とよた森林学校」* の「間伐ボランティア初級講座」では、森林の基礎理論と人工林の保全についての講義を受け、森林の混み具合などの調査や安全な間伐作業を豊田森林組合に所属する若手技術作業員の講師から学ぶ。夜は交流を深めながら、森林ボランティア論などに話が及ぶ。1日目の夜のこと。講師からチェーンソーで木を伐倒した感想を聞かれて、多くの受講者が「気持ちよかった」と答える中、森さんは「切なかった」と答えた。

「木を植えた人は、こういうふうに切られるつもりで植えていない。売れるようにと汗水たらして植えたのに、30年くらい経ったら邪魔な木として切られてしまうなんて切ない」

講師をしていた作業員に「木を1本切ると作業員にいくら入るのか」と聞いてみて驚いた。仕事柄、輸出される木の値段を知っている。1桁違った。数年前、韓国でジャパニーズヒノキのブームが起こった時は数十倍の値段で輸出されていた。「そりゃないよ」と思った。森さんは、作業員にお金が回らない理由を考えた。

「輸入木材は毎日山のように入ってくる。国内の山には木がある。間伐は手遅れだと講座で習った。どこかで何かがねじれている。ねじれの原因を考えていくと止まらなくなりました」

“もやもや感”は募るばかり。今の自分では答えが出せないので、もっと山についてきっちり学ぼうと、脱サラし、森と木に関わるスペシャリストを育成する専門学校「岐阜県立森林文化アカデミー」を受験することにした。このねじれを解決していくことが仕事になればいいなと思った。

* とよた森林学校:豊田市が2006年度に開校し、運営は豊田森林組合が受託している。前身は旧豊田市農林課とオイスカが共同開催した「とよたオイスカ森林塾」(2003)と、もう一つは、NPOが開催した「スローライフ森林学校」(2004)。「一人でも多くの市民が森林や林業に親しみ、豊田市内の森林、特に人工林の保全と活用の推進を図る」ことを目的に、森林整備の人材育成や、森林・林業の理解者「森の応援団」の育成を図る講座を実施。約15講座、年間270人余りの受講者がいる。

間伐ボランティア初級講座を受講中の森 健さん。受講後、帰宅して水道の蛇口から水が潤沢に出ることに「ありがたい」と感じたという(写真提供:森 健)
間伐ボランティア初級講座フォローアップ講座にて(写真提供:森 健)
間伐ボランティア初級講座でチェーンソーの扱い方の講習(写真提供:豊田森林組合)

様々な機会を利用して間伐経験を積む

「間伐ボランティア初級講座」の卒業生は、自主的に森林ボランティアグループを立ち上げ、「矢作川水系森林ボランティア協議会」(略称「矢森協」)* に加入するのが伝統だ。2016年の卒業生が立ち上げたのは「ヨキもり会」。まずは先輩グループの活動に参加し、ノウハウを学ぶ。森さんもヨキもり会に加わった。

さらに森さんは間伐の経験を積むため、とよた森林学校の「セミプロ林業作業者養成講座」、おいでん・さんそんセンター森林部会主催の「半農半林塾」** にも参加。セミプロ講座は、10月から翌年2月にわたって10回開催される。ここでは、ボランティアとプロのチェーンソーワークなど技術の差、作業の危険度の差も体感した。

半農半林塾は、12月から3月の冬場、ヒノキ林の間伐に取り組む。月に8回程度、9時〜16時の都合の良い日に参加すればよい。ひたすら木を伐ることの大変さを知り、様々な技を学んだ。

* 矢作川水系森林ボランティア協議会(矢森協):人工林の基礎理論を学び、一定水準の安全な伐倒技術を身に付けている森林ボランティアグループのネットワーク。交流と学習を通じて、都市住民や素人山主に科学的な森づくりの楽しさを伝えようと2004年に発足。2017年4月1日現在で16団体が加盟。毎月の評議会には各グループの代表が集まって情報交換をし、新しいグループ立ち上げ時の支援や他団体との交流を行い、各種講習会の講師などを輩出している。
** 半農半林塾:「夏を中心に農的営み、冬を中心に山仕事」という昔ながらの農山村のサイクルで山に関わろうと、2014年から取り組みを始めた。ヒノキ林の間伐を中心に、その他の山仕事や調査・森の成り立ちなどの勉強会を行うことも。3日間(1日6時間程度・18時間)の研修が終了したら、その後は実践に応じて多少の報酬(間伐補助金からの配当)が出ている。

2016年間伐ボランティア初級講座の卒業生によって結成された「ヨキもり会」(写真提供:森 健)
セミプロ林業作業者養成講座の様子。作業しているのは森 健さん(写真提供:豊田森林組合)

林業が生業として成り立つように

2017年4月から「岐阜県立森林文化アカデミー」* に入学することが決まった森さん。自分の中の“もやもや”を追求するため、林業経営が学べる「森と木のクリエーター科」を選んだ。名古屋に妻と小学生の子どもを残して、2年間、美濃市のシェアハウスで暮らしながら学ぶ。妻と子もおいでん・さんそんセンターが紹介するイベントに参加して、移住に賛成していたが、いったん保留ということになった。

森さんのミッションは、林業を生業として成り立たせるようにすること。結果として、山が健やかに、森が健やかになればいいと考える。いずれやってみたいと思っていることは、国産材を輸出することだ。

「山の木がお金になったら、今まで山をほったらかしていた山主さんも、『そういえば、じいさんがスギを植えてたなぁ。そろそろ間伐しなきゃなぁ』なんて話をし始める。親戚が集まった時にそんな話ができるような環境になれば、山も健やかになっていくでしょう」と、森さんは未来の姿を描いている。

森に興味も知識も全くなく、チェーンソーも握ったことのなかった森さんが2016年にたどった道は、山仕事への登竜門。ボランティアにしろプロにしろ、森さんのように森とつながる暮らしを目指す人がいたら、まずはおいでん・さんそんセンターに行ってみよう。同センターの「森林部会」では『はじめての山仕事ガイド』も制作している。

* 岐阜県立森林文化アカデミー:森林や木材に関わる様々な分野で活躍する人材を育成することを目指して設立された、2年制の専門学校。「森と木のエンジニア科」は、林業や木材加工の現場で働く技術者を育成する。「森と木のクリエーター科」は、林業、森林環境教育、木工、木造建築などの分野で指導的な役割を担う専門家を育成する。

おいでん・さんそんセンター「森林部会」が発行した『はじめての山仕事ガイド〜森の恵みを受けながら、地域の森をよみがえらせよう〜』