ENVIRONMENTALCOLUMN 環境情報を知りたい方/環境コラム

感動を伝える水族館ボランティア 名古屋港水族館の応援部隊

取材・文 浜口 美穂
  • 自然

年間200万人近くの老若男女が訪れる名古屋港水族館。その楽しみ方は様々だ。
南館1階にあるタッチタンクは、南知多の磯が再現されており、ヤドカリやヒトデ、ウニ、ナマコなどを実際に触って観察できる場所。幼児がタンク(水槽)の縁から身を乗り出し、恐る恐るヤドカリを指で触っていた。「すごいね。ヒトデも触ってみる?」。最終的には手のひらにヒトデを載せられるようになった男の子。そばでお母さんが「初めて生きものに触ることができたねぇ」と喜んでいた。
幼児に声を掛けていたのは水族館のボランティア。今年度(2016年4月1日現在)は191人のボランティアが登録し、館内6カ所で来館者の観察の手伝いや解説を行っている。水族館で働く人の中でも、より来館者に近い立場で、人と生きものとの橋渡しをするボランティア。今回はその活動に焦点をあてたい。

水族館は発見するところ、考えるところ

水族館の教育啓蒙普及を担当するのは学習交流課。イベントや体験スクールなどを通して、来館者に生きものへの気付きを提供するのが目的だ。
体験スクールは、主に小学生を対象とする「もっと知りたい! ダーウィン教室」と小学生の親子を対象とする「君もドリトル先生になれるか!」の2種類。前者は普段は入れないバックヤードで生きものを観察したり、掃除や餌の準備などの作業を体験したり。後者はバックヤード見学と飼育員ならではの話がセットになっている。その他、同課では学校などの団体対象に館内レクチャー、中学生の職場訪問・体験などの応対もしている。
名古屋市が採用している小学校4年の国語の教科書には、名古屋港水族館の飼育員が書いた「ウミガメの命をつなぐ」という文章が掲載されている。水族館が行っているウミガメの生態研究や保護活動について紹介する内容だ。同課では今年度、希望する市内の小学4年生に、飼育現場である水族館内で特別にレクチャーも実施した。
学習交流課長の吉井誠さんは「水族館はメッセージを与える場所ではなく、自分なりのメッセージを発見する場所。飼育している動物を通してみんなが彼らのこと、地球のこと、そして自分のことを考えるきっかけをつくるところです」と話す。より来館者に近い立場で、この「来館者自身の気付きの手助け」をするのが、ボランティアなのだ。

体験スクールの様子(写真提供/名古屋港水族館)

多様なボランティアの活動

名古屋港水族館がボランティア制度を導入したのは1994(平成6)年。サマースクール・ウィンタースクールの活動補助を担った。翌年からは、30人の登録ボランティアによるタッチタンクでの解説活動がスタート。その後、解説場所は徐々に増えていき、現在は約190人のボランティアがシフト制で、タッチタンクをはじめ、マイクロアクアリウム*、ペンギン情報コーナー**、進化の海***、ウミガメの水槽****、ライブコーラル(生体サンゴ水槽)*****の6カ所で解説や来館者の観察の手伝いを行っている。ボランティア一人が最低月に一度、4時間を担当することになる。

前述の体験スクールでは、ボランティアが参加者のグループリーダーとなって観察や見学の補助を行う。また、水族館主催のイベントの手伝いや、「環境デーなごや」など館外のイベントの出展ブースでもボランティアが活動する。これらは、その都度、ボランティア控え室(ボランティアルーム)にお手伝い募集の紙を貼り出し、希望者を集めている。

ボランティア主催のイベントも自主的に企画。取材に訪れた2016年12月には工作会「海のクリスマスツリーを作ろう!!」が開催された。

* マイクロアクアリウム:名古屋港に棲んでいる小さな生きものをカメラで拡大してモニターで見ることのできる水槽。フジツボや貝、ホヤなど季節によって観察できる生きものが違うのが見所。
** ペンギン情報コーナー:ペンギンに関する解説パネル、実際の卵などを展示しているコーナー。
*** 進化の海:イルカやクジラの仲間などの骨格標本やレプリカを展示し、進化の過程を知ることができるコーナー。
**** ウミガメの水槽:ウミガメの回遊水槽、卵を産める人工砂浜、子ガメの水槽などがある。ウミガメについて種類や生態などを解説している。
***** ライブコーラル(生体サンゴ水槽):多種多様な生きものたちが暮らすサンゴ礁を再現した水槽。サンゴの体のつくりや、飼育の工夫などについて紹介している。

ウミガメが産卵する人工砂浜の前で解説するボランティアの石原清康さん。「産まれてくるウミガメがオスかメスかは、卵が育つときの温度で決まるんだよ」という説明に、来館者は「へ〜」と驚きの声
ボランティア主催の工作会「海のクリスマスツリーを作ろう!!」の見本。台座がアワビの貝殻になっている
「環境デーなごや」中央行事に出展(写真提供/名古屋港水族館)

ボランティアは十人十色

2016年度は191人のボランティアでスタートした。うち150人余りが前年度からの継続だ。一年の間に転勤や出産などの事情により活動できなくなる人もいる(その際は「休止」扱いになる)ので、毎年20〜30名を新規募集。応募者はボランティア見学・体験、説明会、オリエンテーションを経て、4月にボランティア登録に至る。

現在のボランティアの年齢は18歳から81歳までと幅広い。遠くは埼玉県や神奈川県から新幹線で通う人もいるという。ボランティアはどんな動機で応募したのだろうか。動物が好き、海の生きものに興味があるから知識を得たい、定年退職後のやりがいを求めて、ボランティアをやりたくて、水族館での体験を将来の仕事に生かすため、家が近いから……まさに千差万別、十人十色だ。

シフトの調整を含め、この十人十色のボランティアが活動しやすいようにサポートするのは3人のボランティアコーディネーター。活動時に困ったことはないか、プライベートとのバランスは取れているかなど、一人一人に寄り添い、ボランティア自身が楽しんで活動できるよう気を配っているそうだ。継続者が多いのは、このコーディネーターがいるからこそと言えるだろう。

ペンギン情報コーナーで解説するボランティア歴2年目の柴田孝さん。定年退職後に活動を始めた柴田さんは、来館者から質問を受けて答えるとき、自分の存在価値が感じられてうれしいという

感動が伝わる解説活動を目指して

研修は、ボランティアの基本的な活動やルールについて説明する全体研修や、実際に海へ行って生きものを観察する野外研修、各解説場所での伝える技術や生きものの知識の学習など、一年間に分散して行われている。継続者も再確認のため基本的な研修は必須になる。

「研修はただ“教える場”ではありません。問題提起をして、このゴールに至るにはどうしたらいいか、みんなで話し合ってみませんか?と投げかけるようにしています。ボランティアは十人十色というか、一人十色。それぞれたくさんのカラーがあるので、それを生かして活動してもらいたい」と吉井さん。研修は自主性を育てる場でもあるようだ。研修だけでは物足りないというボランティア仲間が集まって、ウミガメと鯨類について自主的な勉強会も開かれている。

では、研修を通じてどのような解説活動を目指しているのか。知識を伝えることかと思いきや、「生きものや自然から得られる喜びや感動を来館者に伝え、分かち合う」ことだという。ボランティア歴11年目の小山希久枝さんに解説活動で心がけていることを伺うと、「研修のときに、『感動を伝えてください』と言われました。飼育員のように上手に生きものの解説はできないので、感動を伝えるようにしています。自分がまず楽しくやることが、お客さんにも楽しんでもらえるんじゃないかと思っています」と答えてくれた。

タッチタンクで来館者の観察の手伝いをする小山希久枝さん。最初は 手を水に入れられなかった男の子が最終的にはヒトデを手のひらに載せられるようになった
タッチタンクで来館者の観察の手伝いをするボランティア歴12年目の瀬口聡子さん。来館者と楽しさを共有できたとき喜びを感じるという

ボランティア活動は心の暖気運転から

解説活動は午前の部が10:30〜14:30、午後の部が12:45〜16:45。 そのどちらか4時間を担当するボランティアの一日を追ってみた。ボランティアルームに到着したら、まず約30分間の「アップデート」の時間が設けられている。前半はコーディネーターから水族館の最新情報を提供。後半は「ペンギンが卵を温めているから見に行ってみよう」と館内見学をするなど小ネタ提供、ミニ研修のような位置付けだ。取材時は、ボランティアルームに顕微鏡が置かれていて、ウニの殻やひっつき虫(植物の種)などの材料を自由に観察できるようになっていた。「水族館に来ていきなり解説活動に入るのではなく、まず自分が小さな発見をして感動することによって心が温まる。その感動をみんなに与えてみましょうということで解説に入るとスムーズにいきますよね。そんな暖気運転の時間です」と吉井さんは話す。

解説活動が終わった後は約15分間の「振り返り」の時間。コーディネーターの進行で、活動を振り返って気付いたこと、感じたことなどを話し合う。「他のボランティアさんのやり方をまねてウミガメの甲羅や頭骨を持って移動しながら声を掛け、触ってもらいました。動き回るのもいいなと思いました」「研修のときにも外国のお客さんへの対応をみんなで議論しましたが、今日は、『ウニだよ』『ナマコだよ』とあえて日本語で伝えました。お客さんも『ウニ』『ナマコ』と繰り返してくれて、日本語の練習にもなったかな」……。その都度、コーディネーターが補足や情報提供も行う。こうして今日の疑問は極力その日に解決。振り返りの最後には各人が活動記録を書いて終了だ。活動記録はファイルに収められて自由に閲覧できる。このファイルは名古屋港水族館の貴重な財産だという。

アップデートの時間の他、活動の休み時間にも熱心に顕微鏡をのぞくボランティア。知的好奇心が刺激される
振り返りの時間。コーディネーターがボランティアの話を引き出し、和やかな雰囲気で行われる

ボランティアは水族館の応援部隊

ボランティアが手作りした解説道具も数々ある。ウミガメ好きが集まるウミガメの勉強会では、孵化する様子を伝えるための模型を作った。段ボールの上から50センチの深さにちょうどウミガメの卵と同じ大きさのピンポン球を入れ、フェルトでカメの赤ちゃんを製作。赤ちゃんは自分で卵の殻を破って出てくるため、顔の先端に殻を破る突起が。産まれてから約1週間分の栄養になるという卵黄もおなか辺りに見えている。さらに、子ガメを持ってみるとフェルト以上に重さを感じる。実物と同じ重さ、大きさを忠実に再現しているのだ。

ボランティア歴1年目の人が作ったというヒトデは、口から胃袋が外に出て餌を包み込み、溶かしながら引き込む様子がよく分かるようになっている。タッチタンクで生きものに触れられない子どもにこの道具を使って説明しているうちに触ってみる気になることもあるとか。

「ボランティアは名古屋港水族館の応援部隊です」と吉井さんは言う。「人と人との会話は心に残るもの。生きものの解説パネルではできないことをボランティアがやってくれます。水族館に来てボランティアと楽しく話した、それだけでも十分なんです」

発見するところ、学べるところ、考えるところ、そして何より楽しいところ……水族館でボランティアを見かけたら話してみよう。水族館の楽しみが倍増するかも。

ヒトデの解説道具。真ん中の赤い胃袋が外に長く出てくるように工夫されている。持っているのは営業広報課の佐藤ちづるさん。元ボランティアなのでボランティアの気持ちがよく分かる
2016年10月30日、「第3回なごや生物多様性センターまつり」にて。オレンジ色のユニフォームを着けたボランティアが手作りのウミガメの解説道具を使って活動
ボランティアが手作りしたウミガメの孵化の解説道具。手を入れているのは学習交流課長の吉井誠さん
大きさ、重さも忠実に再現された産まれたばかりの子ガメ。顔の先端には殻を破る白い突起、おなかには卵黄が再現されている(親指の上)