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特集・なごやエコ最前線

古着・古布の資源化を進めるために

1999(平成11)年2月に名古屋市がごみ非常事態宣言を出してから18年が経過。プラスチック製容器包装と紙製容器包装を新たに収集し始めた2000(平成12)年の混乱と努力の“熱い”夏をご存じない転入者、忘却の彼方に置き去った市民も増えているに違いない。この間、名古屋市のごみ処理量は約4割減り、資源分別量は約2倍になった。しかし、資源分別量は2007(平成19)年度をピークに減少傾向を示している。

そんな中、2016(平成28)年3月に、ごみに関する長期計画である第5次一般廃棄物処理基本計画が策定され、分別・リサイクルを推進する重点品目として「プラスチック製容器包装」「紙製容器包装」「雑がみ」「古着・古布」が設定された。そのうち、もっとも資源分別率が低く、ほとんどがごみとして出されている「古着・古布」に焦点をあて、その現状と対策をレポートする。

掲載日
2016-08-23
取材・文
浜口 美穂
低迷する古着リサイクル

2014(平成26)年度の古着・古布の資源分別率は9%。つまり資源となるべきものが91%ごみとして出されていることになる。その数、推計2万6千トン。他の分別・収集している資源と比べても極端に低い分別率だ(図1)。しかも2000年度に32%あったものが9%まで落ち込んでいる(図2)。

なぜここまで減ったのか。名古屋市環境局では、「ファストファッションブームで冬物古着の供給が過剰となり、一時期、古着問屋の業界が冬物の回収をストップしたことがあり、いまだにその影響があるのでは」と考えている。もちろん今は冬物も回収しているが、いまでも「冬物は出せますか?」という問い合わせがあるそうだ。

何が出せる? どこに出す? 何に生まれ変わる?

現在回収して資源化しているのは、布団など「わた」が詰めてあるものや裏地のついたカーペット以外の衣類・布類全般。シミや破れがあったり、ファスナーやボタンが取れたりしたものでも大丈夫だ。

回収の機会は、学区連絡協議会・子ども会・町内会など約2800団体(2015年度)が実施する集団資源回収、市民団体が運営する60カ所(2016年7月末現在)のリサイクルステーションなど、たくさんある。透明・半透明の袋に入れ、口をしっかり結んで出せばOKだ。

これらは、古着問屋に運ばれ、人の手で選別されて、中古衣料として海外に輸出されたり、自動車の内装材(反毛)やウエス(工業用雑巾)などにリサイクルされたりする。海外の古着需要や国内の工場の稼働状況など、社会情勢によっても行き先の割合は変動するが、需要はあるので、古着・古布を回収に出せば資源として生かすことができるのだ。

また、NPO法人「中部リサイクル運動市民の会」が運営するリサイクルステーションにはリユースステーションも併設され、未使用や使用感の少ない古着などは寄付として受け付け、Re☆創庫4店舗において低価格で販売している。Re☆創庫についてはこのサイトでも紹介しているので参照してほしい。2009年から本格実施され、認知度が上がって持ち込まれる古着の量も徐々に増えているという。

古着・古布資源化促進キャンペーン

名古屋市環境局では、古着・古布の資源分別率が低い要因として「古着が資源として認識されていないこと」「出し方が広まっていないこと」が背景にあると考えている。この対策として、今年(2016年)5月の衣替えの季節に合わせて、回収キャンペーンを実施した。回収そのものが目的ではなく、あくまで「資源化意識の促進」と「出し方の周知」を目的としている。そのため、全戸配布したキャンペーンの告知チラシの見出しは「『古着・古布』は大切な資源です」と付けられ、既存の回収の場と出し方を上段に掲載している(右写真)。

キャンペーンの実施期間は5月19日から25日の1週間。市が広報・調整をし、名古屋市内のほとんどのホームセンター(29店舗)が協力店として回収場所を提供、愛知県再生繊維協同組合が無償で回収をするという、三者協働の形で実現した。協力店では、キャンペーン期間中に回収用の袋も配布。表面には、大きく「出せるもの」が絵付きで表示してある(左下写真)。

1週間で集まった古着・古布は約30トン。ちなみに2015年度の年間回収実績は2500トンである。協力店からは、「お客さんに好評だった」「またやってほしいという問い合わせがきている」との反響もあったという。

名古屋市では今後も繰り返し広報・啓発活動を行っていく予定。まだ認知度が低いが、スマートフォン用の資源・ごみ分別アプリ「さんあ〜る」も活用していきたいと考えている。

協働を基盤に

第5次一般廃棄物処理基本計画が策定され、市民・事業者・行政の協働をベースに2Rの推進と分別・リサイクルを推進していく方針が示された。思い返せば、あの2000年の夏、新たにプラスチック製容器包装・紙製容器包装の収集が始まったが広報が行き届かず、各町内の資源集積場所では大混乱。そこで町内会独自の奮闘が始まった。資源の置き場所を示すプレートは当初は町内会の手作り(市が用意したプレートは1カ月遅れで配布された)。当番制で集積場所に立って分別指導するところ、保健委員(現・保健環境委員)がオリジナルのごみ新聞を作るところもあった。もちろん、行政も頑張った。学区・町内会ごとの説明会は2カ月間で約2千3百回にも及んだという。この協働の力なくして大幅なごみ減量は果たし得なかったのだ。

基本計画の施策の中には、集団資源回収団体に対し、古紙(特に雑がみ)や古着・古布のリサイクルに関する情報の発信源となるよう、研修・説明会の充実を図ることも挙げられている。今一度、原点に立ち返り、市民、行政、事業者の関係をつなぎ直し、古着・古布が資源であるという意識が根付くまで、あの手この手で取り組んでいく必要があるようだ。

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