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特集・なごやエコ最前線

謎を秘めたウナギから環境と暮らしを考える~直面する資源問題、守りたい食文化~

私たちにとって馴染みの深い魚のウナギ。ひととの関わりは長く、古来より食資源として利用されてきた。江戸時代の頃から人気を博した蒲焼きは、日本の食文化を代表する料理の一つで、だれもが喜ぶご馳走だ。一つの魚種、さらに調理法で専門店が成り立つほど、わたしたちはウナギを好み、食べ続けてきた。そんなウナギの資源にいま赤信号がともっている。3年前に環境省が、2年前にはIUCN(国際自然保護連合)がニホンウナギをレッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物のリスト)に掲載。持続可能な利用のあり方が問われている。東海地方は、全国でも有数の生産量をほこる愛知県西尾市一色町をはじめ、ウナギ養殖の産地がいくつもあり、消費も盛んだ。その生態にいまだ謎の多いウナギについて、最新の知見を伝えた講演会の内容や生産者、専門店で働く職人の声を紹介する。ウナギを通して、私たちをとりまく食の環境や暮らしについて考えてみたい。

掲載日
2016-01-26
取材・文
新美 貴資
太平洋のマリアナ海嶺で生まれる

胸が黄色いことから「胸黄(むなき)」がなまって、家屋の棟木(むなぎ)に似ていることから、また鵜(う)が飲み込むのに難儀(なんぎ)することより、その名がついたともいわれるウナギ。愛嬌のある顔と、ぬるりとした細長い体をもつこの魚が、どこで生まれて育つのか。その生活史は長い間謎に包まれていたが、近年進んだ研究によって少しずつ明らかになってきた。

愛知県碧南市にある碧南海浜水族館で、昨年7月から9月にかけて夏の特別展「おいしいウナギの話展」が開かれた。ウナギの生態や食文化、養殖などを解説するパネルや映像の他、生きたウナギや捕まえる漁具なども展示され、多くの来場者が見学した。この催しに関連し、9月には講演会「ウナギトーク」が開催され、ウナギの生態や人との関わりを探究する3名の研究者が最新の成果をそれぞれ報告し、参加者の関心を集めた。

「ウナギのふるさとをさがして」と題し発表した望岡典隆九州大学大学院農学研究院准教授によると、二ホンウナギは日本から遠く離れた太平洋のマリアナ海嶺の産卵場で生まれる。その後、海流にのって北上しながらレプトケファルスという葉っぱのような形をした仔魚となり、シラスウナギと呼ばれる稚魚に変わる。約3000キロの旅をへて台湾や中国、日本などに接岸するのは12月から3月頃で、淡水や汽水域でクロコ(幼魚)から黄ウナギに成長する。そして5年から15年くらい過ごし、産卵期が近づくと銀ウナギとなり、9月から翌年2月頃にかけて再び海の産卵場へと回帰する。

ウナギを守ることは地球環境を守ること

農水省の統計によると、天然ウナギの漁獲量は、もっとも多かった昭和44年の3194トンから減少の一途をたどり、平成26年には113トンまで落ち込んだ。養殖池に入れるために採捕するシラスウナギの漁獲量も激減し、昭和50年代後半以降は低い水準が続く。「ウナギ資源は大変厳しい状況」という望岡准教授は、その減少要因として、(1)乱獲(シラスウナギ、天然黄ウナギ)(2)生息域(汽水域や河川)の劣化、減少(3)地球規模の海洋環境の変化、があると説明した。

天然の種苗にすべてを頼っている養鰻業。養殖業者にとって、シラスウナギの不漁はそのまま経営の危機に直結する。特に近年の資源の減少と取引価格の高騰は、ウナギを扱う問屋、専門店にも深刻な打撃を与えている。すでに国立研究開発法人水産総合研究センターにおいて、人工種苗を生産し、完全養殖を行う技術は確立されているが、ふ化率や生き残りが不安定、成長が悪いなどの課題があり、実用化への道のりはまだ遠いのが現状だ。

望岡准教授らは、産卵場で捕獲した親ウナギを調べた結果、このうちの70%が、期間はさまざまだが淡水履歴をもっていることがわかり、「汽水域を含む川全体を保全する必要がある」と強調した。さらにどこから来たのか由来を推定すると、日本、中国、台湾の河川からのものが含まれており、「東アジア全体で保護に取り組む必要」があると訴えた。そして「往復数千キロの旅をするウナギを守ることは地球環境を守ること」「最高位捕食者であるウナギが健やかに棲める川は他の生き物にとってもよい場所である」と話し、ウナギを守ることの大切さを説いた。

高騰する仕入れ価格に我慢の経営

名古屋市瑞穂区にあるウナギ専門店「うな豊」。関西風の蒸さない「地焼き」でありながら、やわらかくて上品な蒲焼きが人気で、連日多くの客が訪れる。調理場でウナギを割くのは、店主の服部公司さん。職人歴35年のベテランだ。服部さんは見事な包丁さばきで活きたウナギを割き、串を打って炭火で焼き上げる。ウナギ食文化は、厳しい修練をへて卓越した技を身につけた職人の腕によって磨かれ、今日まで継承されてきた。

シラスウナギの不漁が鮮明にあらわれたのは、6年前のこと。一昨年、昨年とシラスウナギの漁獲は低位ながらも若干持ち直したが、平成22年より4年間は大不漁に見舞われる。漁獲が大きく減ると、ウナギの仕入れ価格は高騰した。服部さんは「店を閉めなきゃいけないのかと毎晩考え、夜も眠れませんでした」と苦悩した過去の日々を明かす。我慢の経営が続くなか、心がけたのは「お客さんが納得のできる、高いクオリティのウナギを提供し続けること」だった。消費税率の引き上げのときを含め、現在までにやむなく3度の値上げを余儀なくされたが、「すみませんでしたとみんなで詫びることが、お客さんとの会話のきっかけになりました。おいしかったとの声も多く聞けて、私たちもうれしかったです」と語る。

服部さんはネットを通した情報発信にも積極的だ。「価格の高騰でウナギから離れやすくなってしまっていますが、ウナギ屋を身近なものとして、お客さんのなかで保ち続けてほしい」と望み、消費者との交流に力を入れる。

環境の変化にさらされる食文化

昨年10月、岐阜県岐阜市でシンポジウム「町の食べ物屋さんと考える、環境のこと」(主催:大学共同利用機関法人人間文化研究機構総合地球環境学研究所)が開かれ、このなかで「鰻と炭」と題して、「川魚料理 田なかや」(同市)の店主・小澤達雄さんが発表した。小澤さんによると、かつてはウナギを焼くときにはもちがよくて火力が強い国産の炭を使っていたが、環境保護のため樹木の伐採が禁止され、手に入らなくなったという。代替として使っていた中国産も、伐採が禁止となって輸出に規制がかかり、さらにラオス、マレーシア、インドネシア産も入手しにくくなっており、ウナギを焼くのには火力が弱いが、おがくずを固めた「オガ炭」を使うしかない状況になってきているそうだ。

ウナギ店をとりまく状況について小澤さんは、(1)ウナギの資源枯渇(2)炭不足(3)職人不足(4)たまりしょうゆの確保―の4つの問題をあげた。たれ作りに欠かせないたまりしょうゆも、大豆不足による値上げやしょうゆ蔵の減少によって、確保が容易ではなくなってきている。私たちが大好きなウナギの食文化は、その資源の豊凶だけでないさまざまな環境の変化の波にもさらされている。

西尾市一色町で30年にわたりウナギを養殖している大竹弘志さん。お話をうかがった時点(平成27年11月)でのウナギの出荷価格は、前年より高値で推移しているというが、それでも「なんとか赤字にならなくて済んでいる」程度。毎年春先に池入れするシラスウナギについて「昔から漁獲は波があり変動していたが、さすがに取引価格がキロ当たり100万、200万円以上の動きになるとついていけない」とこぼす。仕入れるシラスウナギの高騰に出荷するウナギの価格が追い付かず、事業が立ち行かなくなったり、苦しい経営を続けたりしている生産者は少なくない。

大竹さんは「これからも養鰻をやりたいが、5年先のことはわからない」と話す。生き物を相手にするプレッシャーはつねにあるが、「いいウナギができて、喜んで食べてもらえたときはうれしい」と、生産者としてのやりがいを語る。養殖で大きなコストがかかる餌も、原料として輸入される魚粉の世界的な需要の高まりによって、価格は年々上昇し経営を圧迫する。それでも「しっかり餌を食べて、脂ののったふっくらとしたウナギ」を育てて届けようと、大竹さんは毎年精を出す。

大切な恵みを担い手に感謝し味わう

今年開かれるワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)の会議では、ウナギが規制の対象になるかが注目されている。海外からの輸入も多い、ウナギの稚魚や成魚などの取引に制限がかかれば、養鰻業者や流通・外食業界などは大きな打撃を受け、私たちもこれまでのようには食べることができなくなるかもしれない。一方では、取引の規制によって、依然として不透明な流通形態が改善されるのでは、との期待の声もある。

ウナギの保護に向けた国際的な協議や国内での採捕制限など、資源管理の取り組みは進められているが、限りある資源の持続的な利用において、私たち最終消費者の果たす役割と負う責任は大きい。一人ひとりがその役割と責任の重さをかみしめ、なにができるか考えることが、問題の解決に向けた第一歩となる。資源の状況を鑑みて、その貴重な価値と生産者らの労力に見合った対価を還元することも必要だろう。地球からの大切な恵みを、食文化を担う人たちに感謝しつつ大切に味わいたい。

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