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未利用魚を調理して味わう 〜共育講座「味わって知る わたしたちの海」で市民が体験〜

取材・文 新美 貴資

「未利用魚」という言葉を聞いたことがあるだろうか。漁業の生産現場から水産物が流通する過程において、網にかかったが漁獲の対象にならない、魚体のサイズが不揃い、獲れる量が少なくて必要なロットがまとまらない、といった理由から、非食用にまわされたり、低い価格で取引されたりしてしまう魚のことをさす。未利用魚は、水揚げしてもほとんど値段がつかないことから、その多くが漁で獲られた後、そのまま船上から海へ投棄されてしまうという。
近年、自然や環境への関心の高まりから、食べ物を大切に扱う、資源を無駄なく利用するという気運が大きくなり、未利用魚にも注目が集まっている。こうした魚の価値を発掘して有効に活用しようと、各地ではいろんな取り組みが動きだしており、味の特徴や調理方法のピーアール、加工技術の応用などによって消費の普及・拡大を図り、新たなビジネスチャンスにつなげている事例も見られる。
では未利用魚とはいったいどんな魚たちで、どれほどの価値を秘めているのだろうか。愛知県内の漁港で水揚げされた未利用魚を調理して味わう学習イベントが開かれたので、その模様をレポートする。

蒲郡で水揚げされる深海の魚

なごや環境大学の共育講座「味わって知る わたしたちの海」(企画運営:山崎川グリーンマップ、伊勢・三河湾流域ネットワーク)が9月12日、名古屋市昭和区にある昭和生涯学習センターで開催された。定期的に開かれているこの講座では、毎回、水産分野などで活躍するさまざまな関係者を講師として招き、地元の伊勢・三河湾で獲れる旬の魚介類を調理し、味わうことを通して、海の環境や地域の漁業について学んでいる。

そんな講座の今回のテーマは、「ちょっとかわったお魚、未利用魚を使った料理」。県内蒲郡市在住のお魚料理研究家・鈴木則子さんが講師をつとめ、名古屋市内の主婦ら約30名が受講した。扱う魚介類は、蒲郡の漁港で水揚げされた、メヒカリ、ニギス、ヨロイイタチウオ、ヒカリチヒロエビの4種。どれも名古屋のスーパーや魚屋ではまず見ることのない魚たちで、その珍しい姿かたちに、受講者も大きな関心を寄せる。

伊勢・三河湾の外海、和歌山から静岡県あたりの沖で行われている愛知の沖合底びき網漁。水深100〜500メートルくらいまでを網でひいて、さまざまな深海の魚を獲っており、漁獲物は操業する漁船が所属する蒲郡の漁港(形原漁港、知柄漁港)に水揚げされる。用意された4種の魚介類も、この漁法で漁獲されたもの。広域にはあまり流通していないが、地元では昔から消費されており、近年はそのおいしさから価値が見直され、評価が高まっている。

なかでも、目が光っているように見えることからそう呼ばれるメヒカリ(一般名称:アオメエソ)は、塩焼きや唐揚げなどにして食べる蒲郡では人気の魚で、鈴木さんは「身がふっくらしておいしい」と紹介する。キスのような容姿で、「オキギス」とも称されるニギスは、「干物の原料として使われることが多い」。地元では「ホウカイボウ」や「ゲンゲ」とも呼ばれる、ぎょろっとした目に大きな口のちょっとグロテスクな顔をしたヨロイイタチウオも、「やわらかい白身で甘みがあり、刺身でも食べることができる」という。鈴木さんの説明を受けているうちにどの魚も魅力的に見えてくる。いったいどんな調理方法で味わうことができるのか。会場をふくらむ期待感がつつむ。

講師をつとめたお魚料理研究家の鈴木則子さん
蒲郡で水揚げされたメヒカリ(小さなほう)とヨロイイタチウオ
沖合底びき網漁で獲れるヒカリチヒロエビ

初めての魚を調理体験

今回の講座でつくるのは、メヒカリとヨロイイタチウオの煮魚、ニギスの炊き込みご飯、ヒカリチヒロエビの味噌汁の3品だ。鈴木さんがそれぞれの魚介類の特徴や調理の手順を説明し、さばき方の見本を実演する。ヨロイイタチウオを手にとり、「包丁の切っ先をおしりから入れる」「鰓(えら)ぶたを持ち上げて指をなかに入れ、鰓をはずして」。処理の仕方を一つひとつわかりやすく示す鈴木さん。受講者らは真剣な表情で、その一挙手一投足にじっと目を凝らす。

鈴木さんによる説明が終わると、いよいよ調理の時間へと移る。参加者がグループに分かれ作業が始まると、会場ではさまざまな会話が飛び交い、にぎやかさがどっとあふれる。ニギスの炊き込みご飯は、全員の分を主催者側がまとめてつくり、メヒカリとヨロイイタチウオの煮魚、ヒカリチヒロエビの味噌汁を、受講者がそれぞれの厨房でつくることに。「メヒカリもヨロイイタチウオも見るのは初めて」。近くにいた年輩の女性が興味津々の様子で魚を手にとり、他の仲間と交代しながら仲良く包丁を入れていく。

あらかじめ3枚に下ろしたものが用意されたニギスは、昆布やみじん切りにしたショウガを加えて米と一緒に炊く。魚体から水分がでるので、炊く際の水の分量は、ちょっと少なくするのがポイント。メヒカリとヨロイイタチウオは、ウロコをとって内臓をのぞき、しょう油、みりん、酒などを入れてじっくりと煮つめる。身のやわらかいこれらの魚は、加熱時間を短くし、ふんわりとやわらかに仕上げていく。味噌汁に入れるヒカリチヒロエビは、水の状態からゆっくりと煮出して、ダシをたっぷりとるのがおいしく仕上げる秘訣なのだという。

調理に慣れた主婦らは、初めて扱う魚にも積極果敢に包丁をにぎり、グループ内で分担しながら要領よく作業を進めていく。「煮魚は中火でじっくり煮て、ときどき煮汁をかけて」。鈴木さんはそれぞれの厨房を見てまわり、調味料の分量や火の加減、鍋で煮る際に熱がよく通る魚の置き方などをていねいにアドバイス。熱せられたしょう油の甘辛い匂いが会場をおおい、できあがりが近づくと、会場はさらに活気を増してくる。

この講座を企画運営する、山崎川グリーンマップの代表で伊勢・三河湾流域ネットワークのメンバーである大矢美紀さんは、「名古屋では馴染みのうすい魚をテーマにした。講座では以前にニギスを扱ったことがあるが、メヒカリは初めて。こうした魚が名古屋のスーパーでも少しずつ出回るようになってきている」と、関心を寄せる未利用魚について話した。

魚のさばき方について実演が行われた
未利用魚の調理を体験する参加者
この講座を企画運営する山崎川グリーンマップの代表で伊勢・三河湾流域ネットワークのメンバーである大矢美紀さん

おいしさに驚きの声があがる

時刻が正午を過ぎると、あちこちのテーブルにできあがった魚料理が続々とならぶ。「いただきます」と手を合わせた後、受講した人々の口からは「おいしい」との言葉が次々とうまれ、笑い声とともにさまざまな感想が交わされる。メヒカリとヨロイイタチウオの煮魚は、身がやわらかいため崩れやすく、調理に苦労したようだが、そのふっくらとした身を口に入れた主婦からは、「メバルやアカウオとは違う」といった驚きと喜びの声があがる。さっぱりとしたなかにうま味を含んだニギスの炊き込みご飯は、魚とご飯との相性が抜群。ヒカリチヒロエビの味噌汁も、身心にしみわたるようなダシがよくきいており、会場にいる全員が未利用魚を味わい、その魅力を堪能した。

食事の後、鈴木さんが未利用魚について話題を提供した。「買い手がいないため値段がつかず、獲っても捨てられてしまう」未利用魚や、「全国的には流通していないが、水揚げ地で利用されている」という「マイナー魚」について解説。蒲郡で水揚げされるメヒカリについては、「鮮度が落ちるのが早くて、7年くらい前までは水揚げ地の周辺で唐揚げや塩焼きにして食べるぐらいだった。水揚げ時に鮮度を保つ工夫を行い、唐揚げ用に加工・冷凍し、広く宣伝をしたことから蒲郡の魚といわれるぐらいメジャーになった」と、地元の水産関係者らの努力によって消費が拡大した経緯を振り返った。

鈴木さんの夫である裕己さんは、蒲郡で「プロ・スパー」という水産会社を経営している。未利用魚やマイナー魚を広域流通させるパイオニアとして、メヒカリやニギスをはじめ、あまり知られていないがおいしい魚の価値を見いだし、商品として提案。地元はもちろん、全国の漁業者と提携して、新たな魚食の可能性を開拓している。

鈴木さんは魚食の現状についても述べ、「魚を知らないという子どもが増えている。学校の給食でも丸のままの魚がでることはない。おいしい魚を食べてもらうためには、家庭で魚にふれる機会を増やしていくことが必要」などと訴えた。受講生やスタッフらは、鈴木さんの話しに熱心に耳を傾け、未利用魚の存在とその価値について学び、魚食のもつ魅力について理解を深めた。

ふっくらとした身で評判の良かったメヒカリとヨロイイタチウオの煮魚
今回の講座で調理された料理
料理を味わいながら感想や意見を交換する受講者ら