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山も人も地域も元気になる!〜旭木の駅プロジェクト〜

中山間地域に、山の木を積んだ数十台の軽トラがずらりと列をなす。軽トラを運転する人たちの晴れやかな顔・・・。「軽トラで晩酌を」の合い言葉が印象的な「木の駅プロジェクト」の出陣式の光景だ。

伐り置き間伐* により山に放置されている材(林地残材)は、愛知県では間伐材の約9割あるという。それを山から出し、「木の駅」(土場)まで運べば、1トン(軽トラ2〜3杯分)で6千円相当の「地域通貨」が対価として得られるという仕組みが「木の駅プロジェクト」だ。高知県のNPO法人「土佐の森・救援隊」が始めた仕組みをどこの山村でもできるように標準化したもので、2009年に岐阜県恵那市で始まり、鳥取県智頭町に続いて全国3番目に豊田市旭地区が取り組みを始めた。瞬く間に全国に広がり、本年度中には三十数カ所になろうとしている。

豊田市旭地区では、2012年11月、第4回目になる取り組みが始まる。山も人も地域も元気になるという旭木の駅プロジェクトを紹介しよう。

(* 伐り置き間伐・・・切り捨て間伐とも言われる。間伐した木を搬出しても採算がとれないため、間伐したまま林地に放置するやり方。)

掲載日
2012-10-29
取材・文
浜口 美穂
何もないけど、人はいる!

豊田市では、矢作川水系森林ボランティア協議会(矢森協)や森の健康診断* など、市民による人工林の保全・再生活動が進められてきた。また、市と豊田森林組合、NPO法人「都市と農山村交流スローライフセンター」(以下、スローライフセンター)が協働で「とよた森林学校」も運営されている。これらの動きの中で中心的役割を担っているのがスローライフセンターだ。同センターは、様々な農山村活性化事業に取り組むなか、2010年に「ふるさと雇用」事業として、木の駅プロジェクト実施に向けて動き出した。 同センターが事務局を置いていたのが旧旭町。人口約3千人の限界集落で、過疎化に歯止めがかからない。一見、何もない中山間地域だが、ここ数年、若者たちによる田舎暮らしをすすめるプロジェクトなど、数々のプロジェクト** が旭地区で展開され、地元の人とよそ者が交じり合い、土台となる人的ネットワークが育まれていた。さらに、面積、森林率、商店の数などの規模もちょうどいい。木の駅プロジェクトをやるには条件が整っていたのだ。

*森の健康診断
本サイトでも紹介(「全国にひろがれ!森の健康診断〜人工林再生に向けて」)。
** ここ数年、旭町で展開されてきたプロジェクト
「日本再発進!若者よ田舎をめざそうプロジェクト」「豊森なりわい塾」「千年持続学校」など。
みんながちょっと幸せになるプロジェクト

自分たちの力で継続を

「山の木はカネにならない」が常識の中山間地域で半信半疑のスタートだったが、出荷者は20代〜80代まで約30人が集まった。登録商店は19店舗。モリ券に交換しない寄付材「志材(こころざしざい)」も含め、90トンが出荷され、モリ券は357枚を発券、つまり35万7千円が地域の中で循環したことになる。

先祖代々の山を何とかしたいという思いはありながら山に入らなかった山主が、「山に入るきっかけをもらった」と喜んだ。モリ券を手にした出荷者が、初めて利用した地元のお店で思わぬ発見もあった。山の中ゆえ、おいしい刺身はないと思い込み、まちまで買いに行っていたが、モリ券を利用して初めて地元の店で買ってみたら「こんなにおいしい刺身が地元にもあったんだ」と知ったという。まちまで行かなくても、たいていのものは地元にあるということを実感する機会になったようだ。

2011年6月に報告会を開催。続けてほしいという声が多く、2回目以降は実行委員会を設立して実施することになった。実行委員会は、地元住民(出荷者、商店主、Iターン者)と外部オブザーバー(研究者、森林ボランティア)で構成し、事務局はスローライフセンターが担った。委員長は、1回目のプロジェクトで一番出荷が多かった地元の人。補助金はもらわず、差額は寄付でまかなう。自分たちで考え、相談し、運営していく形にこだわった。

これまでに行った3回のプロジェクトの結果は以下の表のとおり。3回目は予想をはるかに上回る216トンが集まった。3〜4人でチームになり、トラック搭載型クレーンをレンタルして、効率よく大量に搬出した人たちがいたからとか。また、集落ビジョン* の一環で、集落の人で集会所の周りを間伐し、木の駅に出荷して得たモリ券を集会所のお祭りに活用する事例もあった。プロジェクトが地域に定着し、関わり方が広がってきているのだ。

*集落ビジョン
旭地区では、2011年秋から、35の集落ごとに集落ビジョンを作成している。
いろんな人がいろんな形で山に関わる

旭地区では現在、第4回に向けて計画が進められている。今後も継続していくためには資金と人が必要ということで、今回から豊田市が地域提案事業負担金を出すことになった。しかし、負担金は、資金の9割という上限を設け、あとの1割は1口千円の寄付でまかなうことに。「関わるみんなが、自分たちでやろうという気になるのが大切」との思いがあるからだ。実行委員会には、旭支所の地域振興担当が加わり、地域住民と行政の協働体制になった。また、事務局も強化したいと、モリ券6千円のうち5%を事務処理費に回し、そのうち商店が2%を負担することに。小さな自治がここで展開されつつある。

この自主性とともに、旭木の駅プロジェクトを特徴づけていることのひとつに、「広がり」がある。その最たるものが、全国でもここにしかない「木の駅プロジェクト女子部」の存在だ。Iターンした若い女性を中心に「みんながチェーンソーを持つのではなく、いろんな形で山に近づいてほしい」との思いから立ち上がり、2012年8月には、ネットワークでつながる都市部の女性や子どもたちも一緒に山に入り、皮むき間伐* を行った。女子部限定デザインのモリ券も作られたという。

今後は、木の駅に集められた材自体を地域で循環させる活用法も模索中。さらに関わる人も増えそうだ。 

*皮むき間伐
木の皮を剥くことで、ゆっくりと乾燥させ、立ち枯れてから倒す間伐方法。体力がない女性や子どもでも山仕事に関わることができる方法として、全国各地で取り組まれている。
山の資源に注目

最後に、旭木の駅プロジェクトの材の行方も追っておこう。名木倉が引き取った材は、名古屋市南区にある同社のチップ工場(原木加工工場)へ運ばれ、チップにされる。廃木材を原料にしたチップは、主にボイラー燃料として使われる* が、山から搬出された材からつくるチップは、主に製紙原料として売られるという。木の駅プロジェクトに関わる同社の担当者は、「ほんとに素人が切ったのかと思うくらいきれいな材が出荷されています。回を重ねて、手慣れた感じになっていますね」と話す。

大正12年(1923)から港湾運送事業に携わってきた名木倉では、昭和60年(1985)にチップ工場を建設し、廃木材の処理(リサイクル)事業を始めた。建築廃材等の産業廃棄物、生木せん定木などの木質系一般廃棄物の処理事業を行っているが、新たな資源として林地残材等にも目を向け、2010年に専用のチップ工場(原木加工工場)を新設した。

愛知県では、豊田市旭地区に続き、2012年には新城市大野地区や北設楽郡東栄町でも木の駅プロジェクトがスタートし、これらの材についても名木倉が仕入れている。また同社では、2012年10月より設楽町東納倉に、山の材を受け入れる集積地(エコワールド名倉)を開設するなど、山の資源の入手に意欲的。山の材の価値を高めるため、チップ以上の製品用途についても模索中だ。

*主にボイラー燃料として使われる
2011年度の用途別出荷実績の割合はおおよそ、製紙原料20%、ボード原料8%、ボイラー燃料70%、堆肥原料2%。
成果は一人ひとりの心の中に

過疎の中山間地域に広がる木の駅プロジェクト。金儲けのものさしで地域活性化を目指すところもあるなかで、木の駅プロジェクトのものさしは、「小さな幸せ」の広がり。地域が活性化したかどうかは数字では表せない。成果は、関わった一人ひとりの心の中にあるはずだ。

(写真提供/NPO法人「都市と農山村交流スローライフセンター」、名古屋港木材倉庫(株))

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