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自然エネルギーで自給を目指す21世紀型里山の暮らし方 〜豊田市新盛町「すげの里」〜

取材・文 浜口 美穂
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3月11日以降、エネルギー政策見直しの議論が高まっている。エネルギーの地産地消を打ち出す自治体もちらほら。そんな中、豊田市新盛(しんもり)町(旧足助町)に自然エネルギー100%で運営することを目指した公共施設がオープンした。そこは、中山間地域の再生・活性化の拠点でもあり、新しい里山の暮らし「エコでおしゃれな21世紀の里山暮らし」を提案する施設でもある。
きれいに手入れをされた山あいに、薪ボイラーの煙突から白い煙をたなびかせ静かに佇む「すげの里」を紹介しよう。

はじまりは新盛里山耕流塾から

2005年4月、近隣の過疎化が進む町村と合併した豊田市は、総合計画の中に「農山村地域の再生・活性化」を位置づけた。その重点項目が「里山耕」事業である。2008年度に、市、有識者、地元住民による「里山耕検討委員会」を発足、計画づくりを行った。都市の人と交流して定住につなげ、なおかつ、新しい時代の里山の暮らし方も提案しようという取り組みだった。

そのモデル地区になったのが新盛町の「菅田和(すげたわ)」という集落。7世帯の準限界集落* だったが、「自分たちの世代が山や田畑を荒らしてしまったので、美しい里山に戻して次世代に引き継ぎたい」という思いがあり、自主的に地域づくりを考える勉強会を開催していた。そこから誕生したのが「裏山しい暮らしの会」による「足助新盛裏山塾」だ。会のネーミングには、「裏山の資源を使える暮らしは、現代では一部の幸運な人にしか与えられていない権利。その幸運を手にしている足助の者たちで、山里の暮らしのモデルを創生しよう」という思いが込められている。炭窯をつくり、現在でも炭焼きを行うなど活動をしている。

そんなもともとあった活動をベースに、2009年度、里山耕モデル事業として始まったのが「新盛里山耕流塾(しんもりさとやまこうりゅうじゅく)」だ。「耕流」という字を使ったのは「単純に都市と山里が交わるだけでなく、新たな人とのつながりや、文化、暮らし、経済も、畑を耕耘機で混ぜ混ぜするように、掘り起こして、耕していこう!」というこだわりから(新盛里山耕流塾ブログより**)。

地元住民が先生になり、都市の人に来てもらって一緒に活動。田畑を開放して市民農園にしたり、足助新盛裏山塾と共催で炭焼きをしたり、山菜を使って料理をしたり。バイオガス講座(間伐材を利用した建屋づくりから開始)やマイクロ水力発電講座など自然エネルギー活用にもチャレンジしてきた。そのおかげで、耕作放棄地がなくなり、山の間伐も進んだという。

耕流塾の会員は100人を超え、2010年度の参加者は延べ1500人にも及ぶ。そして、その中から3組の家族がこの地域に移り住むようになった。

* 準限界集落:55歳以上の人口比率が50%を超えている集落。
** 新盛里山耕流塾ブログ

すげの里外観
新盛里山耕流塾の市民農園(写真提供:新盛里山耕流塾)

すげの里の機能

都市の人が里山の暮らしを体験する拠点施設(実質、新盛里山耕流塾の活動拠点)として、2011年5月22日にオープンしたのが豊田市の公共施設「すげの里」だ。集落の名前の「菅」の字と里山をイメージさせるカヤツリグサ科の植物・スゲから命名された。

設計に先立ち、1年前から地元住民、建築家、行政のほか、里山耕検討委員会から関わっていた名古屋大学大学院環境学研究科の高野雅夫准教授などでつくる実行委員会でワークショップを開催。どんなふうに使いたいのか、そのためにはどんな建物が必要なのかということを話し合い、基本設計をつくった。その結果、「エコでおしゃれな21世紀の里山暮らし」のモデルとなるように、自然エネルギー100%でまかなえる公共施設を目指すことになったのだ。

それらの設備を紹介しよう。

<太陽光発電と省エネ対策>
太陽光パネルの最高出力は3.5kW。敷地に余裕があるため、屋根ではなく、独立して設置されている。敷地内で日照時間が一番長いところを選んだという。
この出力で施設の電気をまかなうには省エネに努めなくてはならないため、照明はすべてLEDで、エアコンは取り付けられていない。

<地中熱利用>
エアコンがないなら、何で暑さ寒さをしのぐか。年間を通じて温度が一定である地中熱(その場所の平均気温と同じ。約15℃)を活用するため、床下をつくらず地面にコンクリートを張ってその上に直接、床板が載っている。いわゆるベタ基礎。地中の温度がそのまま伝わるため、冬は暖かくて夏は涼しい。

<暖房>
薪ボイラー(ウッドボイラー)のお湯で床暖房。さらに薪ストーブもある。両方とも、周辺の山の間伐材を薪として使用。薪ストーブは、1時間当たり約9kcalの熱を発生し、約70畳を暖めることができる。

<薪ボイラー>
薪を燃やしてその周辺にある水を70〜80℃に温め、お風呂と台所の給湯、床暖房のパネルヒーティングに使用している。このボイラーの最大の特徴は、ある程度湿った木材でも放り込めること。乾燥した木材はすぐに燃え切ってしまうので、適当に湿っていた方が長時間温度を保持することができる。したがって、間伐した木材を少しの間積んでおくだけで使えるメリットがある。
しかも薪割りをする必要はなく、長さを最大で1m20〜30cmくらいに切れば、丸太のままでも投入することができるので手間も省ける。

<マイクロ水力発電>
施設のそばを流れる沢水に、自転車の発電機を利用した手づくりのらせん水車を設置し、その電気を田んぼの獣害対策用電柵と小さな外灯に利用している。1.5Vくらいで1〜2Wを発電する。

<バイオガス>
新盛里山耕流塾のバイオガス講座で引き続き実験中。家畜の糞尿をメタン発酵させてガスを取り出す。実用化すれば、台所に引けるよう配管はしてある。

<太陽光発電と省エネ対策>
<地中熱利用>室内。夏は床に寝転がるのが一番涼しい
<暖房>ノルウェー製の薪ストーブ。薪ストーブの炎は、見た目にもぬくもりを感じさせてくれる
<薪ボイラー>名古屋のATOという焼却炉メーカーがつくったボイラー(2011年7月23日すげの里見学会にて。案内は名古屋大学の高野氏(写真右))

<マイクロ水力発電>

薪ボイラーの運用は山の手入れとセット

薪ボイラーと薪ストーブの材は、周辺の山の間伐材を使用。周辺の山はヒノキの人工林とコナラなどの雑木林だ。薪ボイラーが稼働したことで間伐が進み、うっそうとした暗い林から明るい林へと変わったという。

「森の木を計画的に使い続けることは、当然、森を育てる作業とセットにならなくてはいけない」。そう話すのは、新盛里山耕流塾で山の手入れの指導にあたっている豊田市矢作川研究所の洲崎燈子さんだ。「まず考えたいのは森の木の世代交代。それから多すぎる人工林をなるべく広葉樹の林に変えていくことで、生きものが豊かになり、森の恵みは確実に増えます。そういうふうに、この周囲の環境全体を生産性の高いものに変え、薪ボイラーの材も安定的に供給できるような流れをつくっていきたいと思っています」

名古屋大学大学院の高野研究室では、自然エネルギーで施設を運営するための様々な実験を行っている。例えば、薪ボイラーの使用において、一晩にお風呂を3回入れ直し、一晩中、床暖房を入れる実験では、使用した燃料の重さは約50kgだった。仮に木材を1トン8千円で買うとしても、燃料代は灯油より安い。現在、豊田市旭地区では、山に放置されている木を搬出して「木の駅」に持ち込めば、対価として1トン(軽トラ2杯分)につき6千円分の地域通貨「モリ券」が得られる「木の駅プロジェクト」が始まっている。このようなプロジェクトと組み合わせれば、地域でお金が回り、山が保全される仕組みができるのだ。

自然エネルギーの地産地消には、地域を活性化する様々な可能性があるようだ。

変革のカギは地方にあり

「都市の人はすげの里に宿泊して、地元の人と話したり一緒に活動して、これからの新しい里山の暮らしがどういうものなのか、それがとてもイキイキとして魅力的だということを体験してほしいと思う。都市は今いろんな意味で困っている。元気がないし、若い人に夢と希望がない。困っている都市を農山村が助けてあげる。そうやって都市と田舎のいい関係をつくってほしい。都市の人は自分の気に入った“マイ田舎”を持ってほしいですね」と、名古屋大学の高野さんは話す。

昭和の経済成長期には地方から都市へと人とお金が流れていき、やがて行き詰まった。それを修正するには逆の流れが必要。これからのエネルギー再編、暮らしの見直しのカギは地方にあるのではないだろうか。