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「捕獲した猪や鹿の肉をおいしく食べることで、生きものの命を全うさせる仕組みを作りたい」 〜獣害をきっかけに、中山間地と都市をつないで活性化をはかる人々〜

取材・文 吉野 隆子
  • 自然

愛知県の鳥獣害被害額は1億9千万円(2009年 鳥害は3億1千万円)。田んぼや畑の被害は年々増加している。中でも猪、猿、鹿による被害額が大きい。
そうした中、捕獲に取り組む中山間地の人たちと都市のNPOが手を携え、捕獲した猪や鹿の肉を地域資源として活用し、人やお金が農山村へ継続的に還流し、農山村地域の活性化を図る仕組み作りが動き出している。

獣害の現状

愛知県における猪や鹿などの獣害は、2009年には2004年の3倍に増えた。08年には、猪約4000頭、鹿1500頭が捕獲された。捕獲した生き物の肉は本人や、分けてもらった知人が食べることもあるが、ごくわずかな量だ。フランス料理店などで高級食材「ジビエ*」としての需要が一定程度あるが、愛知県内で流通しているジビエの多くは、北海道や海外から高いコストをかけて空輸したもので、県内で捕獲された猪や鹿の大部分は、埋めたり焼却されているのだという。

かつて猟師をしていた岡崎市夏秋町の日浅一さんは、自ら率いるNPO法人中部猟踊会(りょうようかい)の理事長として、仲間とともに鹿や猪の捕獲に取り組んできた。メンバーは、猟友会の高齢化から今後の獣害対策に不安を感じ、イノシシ、シカなどの捕獲をしている農家や猟師。捕獲した猪や鹿が利用されることなく廃棄されていく現状に、「捕獲したからにはきちんと食べて、いのちを全うさせる仕組みを作りたい」と願うようになったのが、同会結成のきっかけとなったという。

*ジビエ:狩猟で捕獲し、食材にする野生の鳥獣。主にフランス料理での用語。

中部猟踊会 日浅一さん

地産地消ジビエへの課題

なぜ、これまで地元で捕獲した猪や鹿を、地域でおいしく食べることができなかったのか。それにはいくつかの理由がある。

捕獲方法:獣害対策として捕獲する場合、これまでは地元の猟友会が銃で行うのが一般的だった。銃を使うと肉に傷がついて肉質が劣化しやすくなるし、血の処理がきちんとできなくなる。良い肉質のまま捕獲するには、檻を使うのがベストだという。

また、猟友会は高齢化し、猟師も「10年後にはいなくなるだろう」(日浅さん)との見通しから、銃に頼らない捕獲方法の普及が求められている。

解体処理:檻で捕獲しても、屠殺後の処理が悪いと風味が落ちてしまう。野山を走り回っている野生動物は、毛皮が非常に汚れている。この汚れを落とさずに解体すれば、肉に汚れやにおいが移ってしまい、「野生動物は臭みがある」と言われる理由のひとつとなる。水に長時間さらしてから解体することも多いが、日浅さんによると「解体する前に毛皮をきれいに洗うことが、最良の対処方法」。さらに、血抜きや洗浄などの技術をマスターすれば、もっとおいしくなるのだという。

中部猟踊会が「おまんらの肉しかおいしいと思わん」という評価を受けている大きな理由は、解体処理にあると日浅さんは考えている。

昨年12月に行われた試食会では、この取り組みに興味を持つ飲食店や流通の関係者が、フライパンで焼き、塩・胡椒のみで味つけした猪と鹿のさまざまな部位を試食したが、「くさみがない」「海外で食べたジビエよりずっとおいしい」と好評だった。

解体場所:食品衛生法などの法律の範囲内で野生動物の肉を流通に乗せるには、解体施設を持つことが条件。猟師が仕留めた猪を鍋にして食べる程度であればとがめられることはないが、一般の流通ルートに乗せるには、保健所の認可を受けた解体施設で解体した肉であることが必須条件となる。

中部猟踊会ではこれに対応するため、岡崎市夏山町にメンバーが中心となって解体施設を作った。3月2日に正式な認可が下り、すでに解体処理を始めている。

現場で鳥獣害対策に取り組む、愛知県新城設楽農林水産事務所の小出哲哉主任専門員は「現状では猟踊会の施設を含めても、県下の施設は2つのみ。こうした取り組みを広げるためには、解体施設を増やすことが課題」と指摘する。現状では地域で捕獲したものを、地域で処理して食べることは難しい状況にある。

肉質:旬の時期の最高肉質のものは、「たとえようもなくおいしい」(日浅さん)。飼育したものとは比較できないという。しかし、時期をはずせば、味は明らかに落ちる。

産地色が肉に出るのもジビエの特色で、山で育ったものと平地で育ったものは肉質が大きく違ってくる。野生ならではの難しさとも言える。

目利き:解体する側が肉質を見極める目も必要になる。肉質のいいものは、内臓に至るまで全体的に質が高い。肉質の目利きができる人は少なく、今後の育成が急務となる。

販売方法:解体した肉は、ヒレ、ロースなどの部位ごとに区分け作業をする。どうしても人気のある部位は限られるが、希望される部位だけ出荷していたら、残る部位が偏ってしまうことになる。

昨年12月の試食会
解体施設内部 つるして肉を処理する

試食会での評判

各部位をムラなく販売していくには、仕組み作りが必要となる。日浅さんらは「一頭買い、半身買いが理想」と考えている。すべての部位には適材適所があり、使い方によっておいしく丸ごと調理できるのだという。それを実際に示すため、2011年3月と5月の2回、名古屋市内のレストランで試食会を開いた。

3月の試食会は愛知産の食材を使った料理を提供している「ダイニングバー・クリーム」(名古屋市中区錦)で行った。メニューは洋食。使いやすいバラ肉は串焼きや赤ワイン煮に、猪肩肉はミートローフ、鹿スネ肉はひき肉にしてボロネーゼ(ミートソース)、鹿肩肉はひき肉にしてレンコンはさみ焼きにと、工夫をこらしたメニュー9品目が並んだ。

5月の試食会は中華。上海料理店「幸葉」(名古屋市東区葵)では、鹿ロース肉のオイスターソース煮込み、猪モモ肉の白ネギ和えなど8品目を作った。

2回の試食会で提供された料理は、これまでジビエを「くさい」「かたい」と敬遠していた人にも、「これ本当に猪なの?」「すっかり印象が変わった。これほどおいしいとは思わなかった」と大好評だった。

「幸葉」店主の顧子舜さんは、「今回出したメニューのうち、いくつかはすでに店で作り、常連に勧めている。8割以上の人が食べてくれて、非常に反応がいい」と話す。

一頭買いについては、「今回料理してみて、一頭丸ごとおいしく食べられ、一頭買いすれば味のばらつきが出ないことはわかったから、本当は一頭買いしたい。しかし、そのためには保管スペースが必要になる。店舗にとってはそれが大きな課題」とのことだった。同店では現在、バラとモモを使っている。

ダイニングバークリームに並んだジビエ料理
5月の試食会では中華料理に
店主顧さんの説明を聞く試食会参加者

販売上の課題

今回の一連の事業は、愛知県農林水産部が取り組む「あいち農山漁村再生ビジネス創出事業」(「ふるさと雇用再生特別基金」を活用)の一事業として行われている。農山村で捕獲したイノシシやシカの肉・皮・角などを加工・販売し、人やお金が農山村へ継続的に還流する仕組みを作り、農山村地域を活性化させることが目的。運営は名古屋市のNPO法人ボランタリーネイバーズが受託し、獣害対策に関わる人材2人の育成も行っている。行政とNPOが連携して獣害対策に取り組む例は珍しく、昨年度は「仕事の質」向上運動<改善成果部門〜グッドジョブ部門〜>で知事表彰された。

NPO法人中部猟踊会は、協働主体としてこの取り組みに関わる。将来的には猪や鹿の肉・皮・角などを加工・販売を目指し、「肉も皮も、すべて活用していきたい」(日浅さん)と意気込む。新たな活用方法として、ハムやソーセージなどの加工品もできた。

肉は真空パックしたものを冷凍保存。趣旨に賛同する人が会員として登録し、メールやファクスで注文する形で販売を開始している。

販売価格は1キロ1万円〜2万円。獣害対策で捕獲したものととらえると、どうしても「高い」と感じてしまうが、ジビエという「貴重な野生の地域資源」でもある。その価値をきちんと伝えることで、価格を納得できるものとして受け止めてもらえるようにしていくことが、これからの仕事のひとつとなるだろう。

肉を手に入れたい場合は、定期購入会員組織「ジビエとマタギを学ぶ会」に入会し、年会費1口1万円を支払うと年間2回、夏と冬に合計2キロ程度の猪や鹿の肉がレシピ付きで届く。これ以外の時期に購入することもできる。

ちなみに、一般のインターネット販売では、猪肉が1キロ5千円〜2万円、鹿肉が5千円〜1万円程度となっている。

冷凍保存された猪と鹿の肉

今後の展開

ボランタリーネイバースの大西光夫さんに、今後の展開についてうかがった。

「今年度の課題は、販路拡大。まずはジビエに挑戦するレストランを募っていきたい。夏前にはレストランのシェフを対象に、ジビエについての説明会を開く予定でいる。

狩猟シーズンが始まる12月頃には、三河地域の道の駅でジビエグルメコンテストを開きたいと考えている。これは定期開催していきたい。三河で開こうと思っているのは、この取り組みが一部の地域だけでなく、三河全域で取り組んでいくべきものと考えているためだ。生き物は移動するから、獣害については広域的な取り組みが必須になる。

また、都市の人たちだけでなく、山にも有利になる関係を築いていくことも、大切なことだと考えている。そして、この取り組みをひとつのモデルにして、広く提案していきたい。

こうしたことを実現するには、ただのモノのやりとりだけでは継続していかない。都市の人が取り組み全体を評価して、つながってくれる関係性を気付いていくことが求められている」

獣害対策としてではなく、地域資源としての活用がモデルとして普及することで、全国各地でジビエがあたりまえの食材となる日が近付いてきている。