ENVIRONMENTALCOLUMN 環境情報を知りたい方/環境コラム

街にも現れた獣害 〜アライグマ、名古屋市内で増殖中?!〜

取材・文 吉野 隆子
  • まち
  • 自然

「生物多様性とは、進化の結果として多様な生物が存在しているというだけではなく、生命の進化や絶滅という時間軸上の変化も含む概念です。ですから、現在の生物の多様性をそのまま維持していくよりも、競争や共生など生物同士の自然な相互関係により、自由に進化・絶滅していくダイナミズムが確保されてこそ、生物多様性の保全につながるのです」とCOP10支援実行委員会のサイトに書かれている。だとすると、名古屋市内で被害が増えているアライグマについては、どう考えたらいいのだろう。ペットとして日本にやってきたはずなのに、成長するにつれ獰猛になる、臭うなどの問題から、放たれて野生化、増殖しているという。

金魚が消えた?!

名古屋大学を望む、昭和区の静かな住宅街。その一角にあるお宅の池から金魚が消えたのは、今年6月下旬のことだった。

「朝起きたら、昔から庭の池にいた金魚15〜16匹の姿が消えていました。池の周囲が泥だらけになっていたので、最初は誰かのいたずらかと思っていたのですが、その日の夕方、庭でごそごそ音がしたので、娘と一緒に確認に行ったら、庭でアライグマの姿を目撃。以前から近所でタヌキが出たとうわさになっていたのですが、尻尾にスジが入っているのを見て、犯人はアライグマだな、とわかりました」とこの家の主、廣瀬和重さんは話す。

インターネットで調べるうち、名古屋市が捕獲箱を貸し出していることを知る。すぐに捕獲の許可書と捕獲箱貸し出しの申請をして、市役所で借り受けたのは6月30日。アライグマが好むと聞いたドッグフードを仕掛けて捕獲箱を池の端に置いたが、廣瀬さんは簡単につかまるとは思っていなかった。

4日後の7月4日、体長50センチほどの小さめのアライグマが捕獲箱に入っていた。懐中電灯を向けても逃げないし、おどおどしていない。人間をこわがっていないように感じたという。

もう1匹いるような気がしていたので、雨戸近くの縁台に置いたところ、1週間しないうちにもう1匹が捕獲箱に入った。捕獲箱の入り口が勢いよく落ちたとき足にけがをしたようで、血が飛び散っていた。臭いが強く*、雨戸は鋭い爪でひっかかれて傷んだ。

「臭いがあるし、近寄るとうなるような声を出す。飼っていたとしても、怖いから放さざるを得なくなってしまうんでしょうね」

廣瀬さんは、「インターネットで調べて、捕獲箱の貸出情報を偶然見つけたからよかった」と話す。「そうでなければ業者に頼むのでしょうが、それには費用もかかるからよほどの被害がなければ頼まないのでは」とも。

その後、廣瀬さん宅では新たに池に入れた金魚が被害に遭ったため、再度捕獲箱を借りうけ、11月に1匹を捕獲した。

昭和区では昨年までの5年間、住民からのアライグマについての通報・意見は3件と他区に比べて非常に少ない。しかし、以前から近所で話題になっていたということからも、近辺に生息していることは間違いないようだ。

* 臭いが強く:アライグマは通常あまり強い臭いがしないが、魚や肉を食べると臭くなる場合がある

最初に捕獲したアライグマ
2匹目。落ちた戸にはさまれてけがした手
アライグマはこの池の金魚をすべて食べてしまった
縁側に置いた捕獲箱にかかり、中から手を出して雨戸を壊した

屋根の上を走るアライグマ

ポツポツと田んぼや畑が点在する住宅街。名古屋市北区の新地蔵川付近では、数年前からアライグマが目撃されていた。

「毎年、田植え近くになると用水から田んぼに水が入るんだけど、その時期にアライグマが水路を泳いでいるのを見かけたことがあるよ*」と話す西尾直勝さんは、7月に4匹ものアライグマを捕獲した。

「今年はあまりに多かった」から、大工の腕を生かして自分で捕獲箱を作ったところ、すぐに子どものアライグマが入った。市役所に引き取りを依頼してはじめて、捕獲箱の貸出を知った。親を捕獲したいという思いもあったので、手製のものより大きい市役所の捕獲箱を借り受けた。しかし残念ながら、その後に捕獲箱に入った3匹も子どもだけ。親が何度か来た気配はあったが、取り逃した。

西尾さんの家にやってきたアライグマの目当ては、キャットフードだった。西尾家では家の中で飼っている猫のエサをベランダに置き、外から遊びにくる猫たちのためのエサを作業場に置いてある。アライグマの親子は夜中にやってきてはそれを食べていたが、足りなかったとみえ、キャットフードがしまってある戸棚の扉を開き、袋を取り出して食べた形跡が残っていたという。いま戸棚には鍵がかけてある。

「すぐ横の畑でトマトやキュウリを作っているけれど、そちらが被害にあったことはないんだよね。近所でも金魚を食べられたという話は聞くけれど、農作物は大丈夫」

捕獲箱を置いてあったベニヤ板は、アライグマが手を伸ばしてひっかいたためにボロボロになっていた。

西尾さんに話をうかがっているところに、近所に住む女性が通りかかって話に加わった。

「うちでは屋根の上をアライグマが走り回ってたのよ。大きくて太っているから本当にうるさくて、屋根が抜けるんじゃないかと思うほどだった。糞もされてね、独特な臭いがたまらなかったな。今は走り回れないように屋根に網を張ったし、西尾さんが捕ってくれてからは姿を見ていないから大丈夫。助かったわ」

西尾さんの推測では、夏の間はたぶん近所の荒れた空き家に棲みついているのではないかという。

「今度子どもをつかまえたら、それで親をおびきよせて何とかつかまえたい。そうしないと、どんどん増えていくからね」

* 水路を泳いでいるのを見かけた:アライグマも泳ぐが、水路を泳いでいた動物はヌートリアの可能性がある

西尾さん自作の捕獲箱
この溝で泳いでいたのを目撃
キャットフードが入っていた棚。アライグマは自分で扉を開けて食べた

名古屋市内の被害状況と対策

昨年、名古屋市内で昨年捕獲されたアライグマは35頭。守山区の27頭、北区の3頭以外は西区・名東区・東区・瑞穂区・中川区でそれぞれ1頭となっており、守山区から徐々に拡大しているとみられる。住民からの通報・相談、目撃や被害の情報は増加傾向にある。

被害としては、屋根裏への侵入、庭の金魚などを食べた、住居内に侵入しお菓子などを食べた、ペットのエサを食べた、屋根裏や庭に糞尿をする、農作物を食べた、夜中に屋根を徘徊するといった生活被害が大半となっている。

矢作川流域では2001年頃にはまったく確認されていなかったが、2004年以降あちらこちらで足跡が見つかるようになった。市民・研究者・行政の協働による調査活動でも、2009年に千種区東山新池の水辺で生息が確認されている。

アライグマの生態

8月初旬、関西野生生物研究所の川道美枝子代表と京都府亀岡市でアライグマ対策にあたっている担当者を招いて、名古屋市内で行われた「アライグマセミナー」。午後の行政向けのセミナーだけでなく、同じ内容で行った夜のセミナーにも、多くの行政・研究者・市民団体関係者が参加した。

川道さんは日本に一人しかいないというシマリスの研究者だが、外来リスの研究のために自分の住む京都を調査したところ、多くの文化財にアライグマが入り込んでいることを知り、アライグマ問題に取り組むようになった。

名古屋市の事例を聞き、「関西ではお寺や神社の被害が多いが、中部では民家の被害が多いことから考えて、関西とはアライグマの行動パターンがかなり違うかもしれないという印象を受けている。名古屋市守山区に文化財の調査に行ったときには爪跡が少なかったので、名古屋にはアライグマがほとんどいないと思っていたほどだった」と川道さんは指摘する。

アライグマが自然環境の中でどのような行動をとるのか、まだよくわかっていないため、調査方法もまだ定まっていない。地域ごとに好むと言われているエサが違うことなどもあり、「スタンダードな対策は立てられないかもしれない。現状では、地域ごとに対策をとっていくしかないように思う」と前置きしながら、これまでの研究で見えてきたアライグマの生態と対策について話した。  

アライグマはおしりを持ち上げ左右に身体を振りながら、だらしない感じで歩く。平均体重はメス6キロ、オス7.4キロあるが、木の上でも平地を歩くように移動でき、木の股で寝られるような適応力がある。

鳥の巣に手をつっこみ、ヒナや卵を食べてしまうこともある。和歌山ではウミガメの卵を食べるという。お寺の池にいた40匹のアカミミガメを、1匹のアライグマが1か月通いつめて食べてしまったという例も。

日本にはアライグマのような捕食動物がいなかったため、在来の生きものはアライグマに対処する防衛手段を持たない。また、日本にはアライグマの天敵がいないということが被害を大きくしている。

農作物については、スイカやメロンに穴をあけて中に手を入れて食べたり、トウモロコシをなぎ倒してひとうねを一晩で食べてしまうこともある。

暑さ寒さへの耐久性があり、2か月飲まず食わずでも大丈夫という強靭な身体を持つ。

「日本の在来の生きものにとっては、史上最強の生きものだと思う」と川道さんは分析する。

寄生虫や狂犬病を持っている個体もいる。天井裏に入りこんだ場合、糞を堆積させるが、危険な回虫を持っているアライグマも見つかっている。ドイツでは捕獲したアライグマの35%にこの回虫がいた。この回虫は土の中でも長く生き残るため、死体は埋めるのではなく焼却処分する必要があるという。

爪は鋭く獰猛なので、かわいさにひかれてそばに寄って被害に遭うことも想定される。文化財を含む建物の被害も多い。熱田神宮でも爪跡が見つかっている。

川道美枝子さん

対策の難しさ

川道さんからは、理論的な増加数シュミレーションも示された。ペア2匹で妊娠率80%、出産数4頭。死亡率は川道さんの推定で、子ども50%、オス30%、メス20%。これで試算すると、5年目には33頭になる。しかし、この程度であれば、アライグマの存在に気付かないことが多いのだという。10年目には350頭になり、ここまで増えるとおそらく目撃され気づくようになる。15年目は3,667頭。あちらこちらで目撃されるようになり、20年経つと38,451頭にまで増えると思われる。このシュミレーションから、アライグマは見逃すとあっという間に増えることがわかる。

大阪府の場合、2001年には大阪府の3地域でしか目撃されていなかった。5年後には、北部と南部でそれぞれ増えていた。これほど容易に日本で増えた理由は、アライグマの繁殖力だけでなく、法による規制がなかったことが挙げられる。2005年夏までは、多くの地域で「捕獲したら放す」という指導が行われていた。そうなれば、自分の住んでいる場所ではないところに放すのが当たり前。そうするうちに増えたと考えられるのだという。

川道さんは「アライグマには、早期発見と早期対策がもっとも効果的。アライグマが明らかに目撃されるようになって、被害がたくさん出てから捕獲・殺処分するのは大変なこと。そうなる前にきっちり対策を立てる必要がある」と力説する。

「アライグマはまず捕獲。つかまえて生態系から排除します。飼育は難しいので、殺処分しかありません」

川道さん自身、調査を通して知った実態に強い危機感を持ち、研究捕獲に取り組むようになった。100頭近くを捕獲し、1頭当たり1万円の安楽死代を、身銭を切って負担してきた経験がある。その後、京都府亀岡市で行政とともに、日本のモデルになるような対策を目指して調査・対策に取り組んだ。お寺や神社にわなをかけることで、かなりアライグマの数を減らすなど効果を上げた。

「名古屋では、自分たちの対策のいいとこどりをして対策を立ててもらえたらいい」と話す。

対策の課題

アライグマ対策について、川道さんは「行政がしっかり中に入って、永続的にできる方法を考えることが必要」と話す。今後の課題として次の6つを挙げている。

1 法律の制定

2 実態調査 →スタンダードな対策づくり

3 効果的な捕獲

4 捕獲効果の測定

5 モニター体制
地域の状況を把握するためのモニターとして、捕獲者に報奨金を出す自治体もあるが、その自治体の周辺地域から持ち込まれることが増えて、モニターの意味がなくなってしまう場合が多い。また、予算がなくなった時点で対策をとれなってしまうことも問題。市民一人一人がモニターすることが大切。

6 アライグマ対策従事者の精神的負担を軽減する対策
アライグマ対策は生きものを扱い、殺処分を伴うため精神的負担が大きい。仕事を一人に偏らせず、分担して永続的に続けられるシステムを作ることが必要。

アライグマを通して見えてくるのは、いのちあるものを扱う対策の難しさと重さ。ペットとして飼う動物に、向き合う私たちの姿勢の未熟さを突きつけられてもいる。

日本では天敵がいないというアライグマは、これから日本の生態系をどう変えていくのだろうか。

名古屋市はアライグマ、ハクビシン、ヌートリア対策として、捕獲箱の貸出をしている。くわしくは以下のサイトへ。

名古屋市緑政土木局 捕獲箱の貸出し