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見て、さわって、遊んで、ザリガニのひみつにせまる〜ザリガニワールドが伝えるいのちの世界〜

名古屋市科学館で開催中の特別展「ザリガニワールド」が、子どもにも、おとなにも好評です。

国内外から集めたザリガニとその仲間の珍種を見たり、生きたザリガニにさわったり、不思議な生態を学んだり、ザリガニつりや生物調査を体験したり、ザリガニロボットをつくったり……。「見て、さわって、遊んで、ザリガニのひみつにせまります」というのが展示のテーマですが、ねらい通りの面白さです。

掲載日
2007-08-10
取材・文
吉野 隆子
ザリガニから体感するいのちの感触

来場者の中でとりわけ瞳をキラキラさせて、かつての少年そのままに、ザリガニの動きを見つめているのがお父さん。お父さんたちが子ども時代を過ごした1970年中頃までは、名古屋市の周辺にもいたるところに田んぼがあって、アメリカザリガニが大きなはさみでよどんだ水をかき分けながら、ゆうゆうとあとずさりしていたものでした。

ザリガニつりコーナーは、ザリガニワールドの一番人気スポット。休日には順番待ちの列ができるほどですが、みなさんは小川や田んぼで実際にザリガニ釣りをしたことがありますか。

ザリガニを釣る前に、まずカエルを探します。捕まえて皮をむき、タコ糸の先にぶら下げてえさにします。だらりと垂れ下がったカエルのむき身にザリガニが誘われます。ザリガニの面前でカエルをゆらゆらさせながら、はさみがえさをとらえた瞬間、ぐいっと糸を引き上げるのです。

そういえば、ザリガニ釣りコーナーの横の壁には、「ザリガニつりの極意」が掲示してあります。

その1 ザリガニの顔の前でえさをゆすって、ザリガニを誘ってみる。
その2 ザリガニがえさを食べはじめたら、しばらく食べさせておく。
その3 ゆっくりひもをひっぱって、ザリガニがひもをつかんだら、そのまま水面までゆっくり引き上げる。
その4 お皿をザリガニに近づけて、さっとお皿の中にザリガニを入れる。

街はすっかり姿を変えても、子どもから子どもへ脈々と受け継がれてきた秘伝の「極意」

は今も昔も変わりません。

最初につり上げられたザリガニは、そのあとのえさにされてしまいます。甲らをはいで、サイコロのように丸めた肉をタコ糸で十字に結び、次の獲物を誘います。一種の友釣りです。

えさになるのを免れることができるのは、大物です。大物のザリガニは「大まっ赤」(おおまっか)と呼ばれ、大切に扱われます。時には、ほかの子どもが持ってきた「大まっ赤」に戦いを挑まれて、死闘を演じる羽目になったりもするものですが。

いずれにしても、子どもたちはこのようにして自然界にすむザリガニを見て、さわって、ともに遊んで、いのちの感触をそれぞれの皮膚と心に強くすりこんだものでした。

日本にやってきたザリガニたち

7月21日のザリガニワールド初日、科学館では「ザリガニの窓〜君はまだ本当のザリガニを知らない」というシンポジウムが行われました。ちょっと風変わりな題名は、そんなに遠くない昔、遠いアメリカから船に乗って運ばれてきたアメリカザリガニという生き物を通して、生物やいのち、そして人間の暮らしにかかわるさまざまな事柄が見えてくる、という意味がこめられています。

なるほど、私たちは、ザリガニを知りません。

一口にザリガニと言いますが、日本には3種類のザリガニが住んでいます。もっともよく知られているのがアメリカザリガニ。アメリカというくらいですから、これはまずりっぱな外来種です。食用ガエル(ウシガエル)のえさとして、渡瀬三郎という人がルイジアナ州ニューオーリンズから1927年に輸入したのが最初です。

横浜港に着いたときには、100尾のうち約20尾しか生き残っていませんでした。生き残ったザリガニは、鎌倉市大船にあったウシガエルの養殖場に放たれました。そこから洪水で逃げ出したり、人に運ばれたりして全国に広がり、定着していきました。

米南西部原産のウチダザリガニは、人間の食料として1916年に輸入されました。はさみに半月状の白い模様があるのが特徴です。当時の農林省がアメリカのオレゴンから5回にわたって輸入し、各県の水産試験場で飼育技術が開発されましたが、実際に食料にはできませんでした。放流実験が行われた結果、北海道の摩周湖や阿寒湖、滋賀県の淡海湖にすみつき、福島県の裏磐梯でも生息が確認されています。

ウチダザリガニは急速に増えすぎたため、生態系へのさまざまな悪影響が心配されています。ザリガニのペストとも呼ばれる病原菌を保有している場合がありますし、雑食で食用も旺盛なので、阿寒湖のマリモや魚類への影響も心配されています。

阿寒湖ではたまりかねて防除が始まり、地元漁協が「レイクロブスター」の名前で食材としての特産化を進めています。ちなみに「ウチダ」とは、このザリガニの調査に当たった動物分類学者の苗字です。

自然、環境、生態系の指標となるザリガニ

繁殖力が強いこのウチダザリガニとの入れ替わるように、どんどん数を減らしているのが、ただ一つの日本固有種、つまり古くからずっと日本にすんでいるニホンザリガニです。

「子どものころ見たことがある」という人がたまにいますが、ニホンザリガニ(正式名は、ただの「ザリガニ」)は、北東北と北海道のきれいな冷たい小川や湧水にしかすめません。

体長はせいぜい7センチ(ウチダはその倍以上になります)。茶褐色で、ずんぐりむっくりの体型をしています。成体になるまでに5〜6年ほどかかり、産卵数も少なく、絶滅危惧種に指定されています。繁殖力、成長力が弱いため、旺盛な外来種にとって代わられているのです。

ニホンザリガニは、森が生み出す伏流水をすみかにし、落ち葉を食べて生きています。それが開発で森を失い、「食」と「住」を奪われて、絶滅に向かっています。

ザリガニだけではありません。シンポジウムのパネリストの一人、農学博士の川井唯史さんは、「ニホンザリガニは、北海道の生態系を代表する、象徴のような存在です」と語っていました。ニホンザリガニが危機に瀕(ひん)しているということは、北海道の自然、環境、そして人を含んだ生態系が危ういということでもあるのです。

「ザリガニの窓」からかいま見た「いのちの世界」

このように、私たちはザリガニを知りません。おしっこを口の上からすることも、足が38本あることも、固有種が危機に瀕していることも……。

 しかし、「ザリガニの窓」を通してさまざまなものが見えてきます。外来種の繁殖力と固有種のもろさ、外来種による侵食を生み出した人間のおろかさ、小さないのちの大切さ、多くのいのちが共生していく生物多様性の大切さ……。「ザリガニの窓」はどうやらいのちの窓でした。

シンポジウムの幕間、子どもたちによる質問の時間に、象徴的な場面がありました。

「防除した外来種はどうしたらいいのでしょうか」という男の子の質問に、カメ(これも外来種が大問題になっています)の研究で知られる愛知学泉大教授の矢部隆さんは、「生き物を殺したい研究者なんていません……」と言葉を詰まらせました。80年もともに暮らし、すっかり日本の風景にも溶け込んだアメリカザリガニを防除の対象とみることには、ザリガニファンならずとも抵抗があるのは当然のことでしょう。

「ザリガニの窓」からかいま見た「いのちの世界」をどう解釈し、多様ないのちがこれからも共存していくために何をしていくか。答えは人それぞれです。

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