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「なごや東山の森」で里山のくらし体験

取材・文 浜口 美穂
  • まち
  • 自然

いま、「なごや東山の森」が注目されている。
「なごや東山の森」とは、東山公園と平和公園を合わせた面積約410ヘクタールの森。東山動植物園を含み、南北に樹林地が広がる、都会に残された「人と自然の生命(いのち)輝く森」である。
2003年、「なごや東山の森づくり基本構想」が策定され、市民・企業・行政の協働で森づくりを行う「なごや東山の森づくりの会」が誕生。本格的な森づくり活動が進められている。
現在進行中の東山動植物園再生プランでも、動植物園だけでなく、410ヘクタールの東山の森全体が対象。3月いっぱい市民意見を募集している東山動植物園再生プラン基本計画(案)の中にも、森づくり活動と連携して里山を再生し、くらし体験や環境学習の場として活用することが盛り込まれている。
名古屋市内で里山体験……既存の施設や教材からは得られない「生きた知恵」が得られる場として、なごや東山の森の役割はますます大きくなっていくだろう。

森づくりを生かす活動

森づくりといえば、「森を守り育てる」活動と誰しも思う。しかし、なごや東山の森づくりでは、「森を守り育てる」ことだけでなく、「森とかかわる」「森づくりを生かす」ことも活動の柱に据えている。つまり、森づくりを通して得られる生活の知恵や技術を生かし、伝えることも大切な活動のひとつだ。

なごや東山の森づくりの会が毎年行う「くず餅づくり」は、まさに里山のくらしの知恵を学び、伝える活動。くず餅は食べたことがあっても、その原料となるくず粉をどのようにして採取するのかは知らない人が多いだろう。

森の縁をマントのように覆う蔓(つる)性のクズ。その太い根っこから得たデンプンがくず粉である。くず餅づくりはまず、クズの根っこ掘りから始まる。

今年で3年目のくず餅づくりの第1回目、クズの根掘りは、暖冬の1月28日、平和公園南部地区* で行われた。集まった約30名の参加者は、クズの蔓をたどり、根っこがあると思われるところをひたすらスコップやツルハシで掘り続ける。横に張った地下茎にはデンプンがほとんどないため、下へ下へと伸びるイモ状の太い根を探すのだ。

昨年とは違う場所で、時期も少し早く、今年は豊作。しかし、問題は含まれているデンプンの量。昨年は根の重さの約4.1%しかくず粉が採れなかったという。そこで、根の切り口をヨウ素液で染めてみると、見事に紫色に染まり、「今年はいけそうだね!」と期待が高まる。

* 平和公園南部地区:平和公園といえば墓地を連想する人も多いが、公園の南部には、雑木林や湿地を抱く里山の風景が広がっている。

8月ごろ咲くクズの花。グレープジュースの香りがする。根茎から採れたくず粉は、くず湯や漢方薬の葛根湯(かっこんとう)などにも利用される
巨大なゴボウのようなクズの根
クズの根掘りは重労働

自然から学ぶ“もったいない”

第2回目は、くず粉採り。2月12日、参加者は先回採った根を持って本山のめいきん生協会館調理室に集まった。一見、太いゴボウだが、ゴボウよりはるかに硬いクズの根を包丁で細かく切る。根っこ掘りにつぐ重労働だ。木の切り株のような極太の根には、ノコギリや電動カンナが登場。料理というより木工の様相である。

刻んだ根は水とともにフードプロセッサーで砕き、布巾などで搾って、ペットボトル容器に入れる。搾り汁の中にデンプンが含まれているので、力を入れて2度ほど搾り、ペットボトルに移すときもこぼさないよう慎重に。あちこちから「もったいない!」と声がもれる。

この後は自宅での作業になる。ペットボトルやボウルなどに入れた搾り汁は約半日で底にデンプンが沈む。そこで上澄みを棄てて、新たな水を加え、攪拌(かくはん)してまた放置するという作業を繰り返す。どんどん水が透明になって、白いデンプンが採れるのだ。最後は天日で乾燥させてくず粉の完成!

最終回の2月24日、くず粉を持ち寄って、いよいよくず餅づくり。今年は良い根に当たったらしく、根の重量の平均8.3%、多い人では10%以上のデンプンが採れた。また、昨年に比べてかなり白い。「早くに沈んだデンプンを早い段階で分けて作業を進めたのがよかった」など、各人の工夫が紹介され、3年目の知恵の蓄積の成果がうかがえる。

鍋にくず粉・水・砂糖を入れて火にかけ、透明になるまで練る。蒸して冷やせば、もちもちのくず餅のできあがり。蒸し容器に移し替えるときも鍋の縁に残ったものを「もったいない」と口に入れる。最後まで「もったいない」が身に染みる体験だ。

くず餅は、石臼でひいたきな粉をまぶして食べる。長い作業の末の至極の時。「おいしい?」という声も感慨深げだ。毎年親子で参加している人は、「毎年、根を掘るのが大変でいやだと思うんだけど、おいしくて努力が報われるから、また参加するんですね」と話す。

自然の恵みに感謝し、それを最大限に活かしきる。「里山の知恵」の源はそこにあるのだろう。

フードプロセッサーで粉砕したものを布巾でこす
最初は汚い水。何度も水を入れ替えてデンプンを沈殿させていくうちに透明に
今年は白いくず粉が採れた
鍋にくず粉と水と砂糖を入れ、透明になって粘りが出るまで練り続ける

くず餅につけるきな粉も、大豆を炒って石臼でひく。ぷ?んとよい香りが漂う
弾力があるくず餅のできあがり

環境首都なごやの拠点として

今、伝えておかないと22世紀には完全に失われてしまうだろう里山のくらしの知恵。それは、私たちが人間らしく生きていくために必要な知恵でもあるだろう。

2003年に策定された「なごや東山の森づくり基本構想」では、410ヘクタールの森を5つの地区に分け、各テーマに沿った森づくりを提唱している(右図)。その中の一つが、クズの根掘りをした平和公園南部の「くらしの森」。森と調和したくらしを学び、里山体験ができる森にする計画だ。

3月末まで市民意見を募集している東山動植物園再生プラン基本計画(案)* では、前述の「なごや東山の森づくり基本構想」と昨年6月に策定した「東山動植物園再生プラン基本構想」に基づいて、動植物園を含む東山の森を生物多様性の保全の面で「環境首都なごやの拠点」とすることをめざしている。「くらしの森」については、中心となるエリアに古民家、棚田、段々畑などを整備し、自然と調和した里山のくらしが体験できる場とする計画だ。果たしてこれがなごや東山の森づくり基本構想を踏襲した計画になるのか、なごや東山の森づくりの会をはじめとする市民と、再生に関わる行政との理念のすりあわせがやっと始まったばかりだ。

名古屋市は2010年の生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の誘致にも乗り出している。なごや東山の森は、藤前干潟と並んで、この会議のフィールドとしても注目されている場所。生物多様性の保全、また環境学習・体験の場をつくるため、市民・市民団体・行政(内部の各局間も)の協働の先進的事例としても今後、注目していきたい。

* 東山動植物園再生プラン基本計画(案):意見・提言の募集期間は、2007年3月1日?3月31日。この意見を踏まえ、6月に基本計画を策定。計画は2016年までの10年間の事業内容を定めたもので、これに基づき、2007年度は基本設計・実施設計に着手する。

なごや東山の森づくり基本構想の森づくり計画・5つの地区のテーマ(なごや東山の森づくりの会リーフレットより)
暖冬の2007年2月中旬、くらしの森エリアには菜の花が咲き乱れていた

■「なごや東山の森づくりの会」ホームページ

http://www.higashiyama-mori.sakura.ne.jp/

■なごや東山の森づくり活動拠点施設「里山の家」

なごや東山の森づくりの会が運営にあたり、東山の森の自然や森づくり活動情報・イベントなどを案内している。

・開館日:原則として、4・5・10・11月は土・日曜日、その他の月は日曜日(年末年始・荒天日は除く)
・開館時間:午前10時?午後4時
・場所:平和公園南部(地下鉄「東山公園」駅2番出口より徒歩10分)

上記ホームページに地図あり