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特集・なごやエコ最前線

わらの家づくりがつなぐ住と食〜あたたかで楽しい「結」を育む家づくり〜

わらの家と聞いて何を連想するだろう。狼に吹き飛ばされた三匹のこぶたの家だろうか。今回ご紹介するわらの家なら、吹き飛ばされることはなかっただろう。重量感もさることながら、居住性の高さは実際に住んでいる人たちの言葉で裏付けられている。そして、家としての役目を終えたときには、土に還っていく。そんな、「低エネルギー・循環型のライフスタイルを象徴」* し、「地域に息づく豊かな知恵と技術に学び、つくることの楽しさを共有」* できるわらの家に魅力を感じ、名古屋でじっくり腰を据えて取り組んでいる人たちがいる。

(*スローデザイン研究会HPより引用 http://www.slowdesign.net/)

掲載日
2006-11-28
取材・文
吉野 隆子
わらのブロックで作るベンチ

広い敷地の中を歩く私に、「ここだよ!」と場所を教えてくれるかのような子どもたちの歓声が聞こえてきた。夏休みまっただ中の8月12日、場所は瀬戸市の陶磁資料館、わらでできた大きなブロックを使ってベンチを作っている子どもたちの声だ。

あいち子ども芸術大学の講座のひとつとして企画された『わらのブロックでベンチ作り』には、県内の小中学生11人が参加した。まず、コンクリートブロックと木材で土台を作る。その上にわらを圧縮して作った「ストローベイル」と呼ばれるブロックを積み重ねてベンチを形作り、わら縄や竹串をさして土台に固定する。そして、表面に土を塗って仕上げていく。ベンチと言うより、小さな建築物と言った方がいいかもしれない。

2日間で仕上げるため、土台はスタッフが準備、子どもたちは、土と水を混ぜて足でこねるグループ・わらを混ぜ込んだ土だんごを作るグループ・わらブロックを積んで竹串で固定するグループにそれぞれ分かれて、並行して作業を進めていく。

愛知県高浜市の農家のわらを、刈谷市の酪農家の場所を借りてストローベイルにしてから運びこみ、土は三州瓦の原材料にも使われている良質の土を用意した。子どもが直接手でふれるので、土にガラスの破片などの危険物が混入しないよう、細心の注意を払って準備したという。

作業は順調に進み、1日目の午前中にはわらのブロックを積み終えて、午後から土を塗る作業にかかる。土だんごを手に取り、わらの上から押しつけるようにして塗り込んでいく。最初は、「服を汚したくない」とか「手が汚くなる」などと言いながら、こわごわ土塗りをしていた子どもたちも、すぐに夢中になって作業に取り組んでいる。やがてベンチの形が現れてくると、指で模様をつけたり、手形を押しつけたり、森に落ちているまつぼっくりや枝でかざりつけをしたり…。ベンチはすっかり子どもたちの作品になっていた。子どもの一人は、「前に泥にさわったのは小さかったとき。今日は、こねるのも塗るのも楽しかったよ」と話していた。

残念ながらベンチは8月末に解体されたが、土を塗って固まった部分は場所によっては10センチもの厚さがあって、解体するのが一苦労だったという。やがて土に還るわらや土は、陶磁資料館の許可を得たうえで森の中に残した。

わらの家に魅せられて

「ベンチ作りを通して、現場で試行錯誤しながら行うモノ作りの楽しさや達成感、そして、解体したらベンチのわらや土は大地に還っていくことを伝え、その意味についてもしっかりと考えてもらえたらと思っていました」と語るのは、わらブロックのベンチ作りを準備・指導したスローデザイン研究会のメンバーで、今回の企画のリーダーでもある大島秀斗さん* だ。わらの家に出会って、生きる方向が定まった建築家である。

大島さんは中学生の頃の自宅建て替えをきっかけに建築に興味を持つようになり、大学で建築を学び、念願の設計の仕事についた。しかし、建築設計の経験を重ねるうち、住み手不在の住まい造りに疑問や矛盾を感じるようになっていった。ちょうどその頃、わらの家に出会った。

「テレビで偶然、住み手が自分の手で汗を流しながら楽しそうにわらの家を造っている映像を見て、頭の中が真っ白になるような衝撃を感じました。こんな風に家造りがしたい、わらの家の工法を日本で広めたいと思うようになり、わらの家発祥の地であるアメリカに行って工法を習得しようと設計事務所をやめた頃、日本でわらの家の普及に取りくんでいるスローデザイン研究会との出会いがあり、京都の美山町や山梨の八ヶ岳などで、わらの家造りを経験することができたのです」

わらの家はアメリカでは150年以上前から造られていたが、日本で造られるようになったのはここ数年だ。わらのブロックの厚み、そして仕上げに5センチほど塗る土の効果で、断熱性、防音・遮音性、調湿性に優れている。しかし、壁の厚みが50センチにも及ぶため、土地価格の高い都会でわらの家を建設するのは難しい。

在来工法で柱を立てて梁をつけ、筋交いを入れて骨組みとすることで建築基準法はクリアできる。その周囲をわらのブロックでくるむ形なので、耐震上の問題はない。

耐火性も気になるが、火事が起きても土蔵が燃え残ることからもわかるように、厚い土壁は断熱性が高い。土壁に4センチ以上の厚みがあれば問題ないとされ、建築が可能になる。 

わらの家は表面を覆う土の存在があってはじめて完成する。だから、どんな土を使うかが仕上がりを決めることになる。伝統的な家造りをしている左官屋さんや大工さんは、土壁に使う土を田んぼから採ることが多いが、それにはもちろん理由がある。

「田んぼにはわらが入って発酵しているから、微生物が多い状態です。『微生物が多い土は強いし、扱いやすい』と左官屋さんも言いますね。古いお寺の改修工事のときには、新しい土だけでなく古民家などを解体したときに出た古い土と混ぜてしばらく寝かせ、発酵させてから使います。だから、土の準備は改修工事開始の5〜6年前からはじめる職人さんもいます。わらのベンチをつくるときは、1か月半寝かせてから公園に運び、さらに現場で2週間発酵させました」

子どもを対象とした講座だからといって手を抜くことなく準備するところからも、大島さんがわらの家に向き合う真剣な姿勢がうかがわれる。

*大島秀斗さんのブログ 藁の家
http://blog.goo.ne.jp/wara-styl/
はさ掛けトラストで見えてくる農の姿

「いまの家造りは化学製品を多用します。設計事務所にいた頃、断熱材を入れる工事の現場に行ったら、職人さんは肺に入るといけないとマスクをして、肌も覆って仕事をしていました。僕はそのままで作業をしたのですが、家に帰ったら体中がかゆくなって病院に行った経験があります。自分が住むところだから現場を見たい気持ちがあるのは当然なのに、『危険だから入れません』と言うのは何か変だな、危険なところに住まわせるのかな、という思いがありました。

住む人に家造りに関わってほしいと願っているし、関わっていただく以上、安全な建材を使うことが大切なのは当然です。わらの家を安全な材料で作ろうと思えば、安全な米作りにつながっていきます」

そうした思いを形にしようと今年3月に始動したのが、はさ掛けトラストだ。

会員が信託(トラスト)して出資することによって、農家にできるだけ負担をかけないよう米を買い支え、わらを手に入れるという形でのトラストを受け入れてくれる農家を探し求め、2006年の春、オアシス21えこファーマーズ朝市村*で出会うことができた。岐阜県白川町の西尾勝治さんだ。西尾さんはこれまで『流域自給をつくる大豆畑トラスト』*に取り組んできたが、新たにトラスト形式での米作りをしたいという希望を持っていた。さらに、地域に理解者が多いという条件も重なって、トラストは順調に滑り出した。

現在の稲刈りは、わずかな例外を除いてコンバインを使うのが当たり前になっている。コンバインで刈ると、稲わらは一定の長さに刻まれ、刈り取るそばから田んぼにまかれていく。わらを長いまま残すためには、コンバインを使わずに刈って、はさ掛けで天日乾燥する昔ながらの稲刈りがひとつの方法となる。はさ掛けトラストでは、バインダーと呼ばれる小さな手押しの稲刈り機が大活躍した。  

農薬を使わずに有機栽培されたお米は、9月初旬には稲刈り・はさ掛けを終え、会員に均等分配されたが、おいしいと大好評だ。トラストでできたわらは、実際に建築計画があり一定の作業に参加したメンバーに無償で提供することになっているが、今回はすでに三重県に運ばれ、わらの家に使われるのを待っている。はさ掛けトラストから生まれるわらの家第一号である。

これまでも大島さんとともにわらの家づくりに関わってきた塩月洋生(ようせい)**さんが、事務局としてこのトラストを呼びかけて運営も行っている。

「わらの家を作るためには、その材料であるストローベイルが不可欠です。農家に負担をかけずにわらを提供していただくにはどうすればいいのか、ストローベイルを商品として買い求めるのではなく、建てたいと思う方自身が楽しく作業してつくるにはどうすればいいのか…そんなことを考えたうえで立ち上げたのがはさ掛けトラストです。

当初は、現在の稲作で見捨てられているわらの存在を知っていただき、同時に農家をサポートしながらいい循環ができるといいなと考えていたのですが、里山の暮らしでは、わらも様々なかたちで活用され、ムダなわらなど存在しないことを知り、その中から家づくりのためにわらをいただくのが、申し訳ないような気持ちになりました。

ストローベイルハウスは、たくさんの時間と人手が必要な家造りです。でも、やりかたによっては、ただのお金のやりとりによる関わりではなく、労働の交換で成り立つような『結』の再生につながるのでは、というのが私たちの夢でもあります」

大島さんも言う。「農薬がたくさんかかったわらを使いたくないというところからはじめて、『無農薬ってこんなに大変なんだ』と気づく。そこから、日本の農業に意識が広がり、自給率が下がっていることとか輸入に頼っていることが見えてきた。家造り→環境→地域というように、どんどん広がりを持ちながらいい方向へ向かえばいいなと思っています。こうした家造りにはリスクもありますが、可能性もある。僕はとことんやっていきたいと思っています」

*流域自給をつくる大豆畑トラスト
http://www15.ocn.ne.jp/~daizu19/
**はさ掛けトラスト 食と住をつなぐ 〜お米作りとストローベイルハウス〜
http://ku-sumu.seesaa.net/article/27632509.html 塩月さんたちは都会でわらの家の伝える思いを実現する形として、わらと土をまぜた日干しれんがを作り、それを使った内装にも取り組んでいる。http://strawbale.seesaa.net/category/1675765-1.html
藁文の家

2006年6月に完成した西区の『藁文の家』。かつては、農機具を置いていた小屋だったという。壁をはずして骨組みを補強し、ストローベイルを積んで壁をつくり、土を塗って仕上げてわらの家に生まれ変わった。施主の永田文枝さんは、自らが運営している介護施設の事務所にするつもりで大島さんに依頼したのだが、「できあがってみたら、事務所にして自分たちだけが使うのはもったいないという気持ちになったので、しばらくはいろいろな方にわらの家を体感していただく場に、と思っています。いまは、お客様と話をしたり、仕事がたまったらここに持ち込んでかたづけたり、というように使っていますが、ギャラリーのような文化交流の場になれば、という願いもあります」

時間が経過するほどに、柿渋で塗装した外壁の色が落ち着いてきた。内装は木と和紙で施され、穏やかでほっとするような静けさが感じられる。

「夜はもっと静かです。壁がうまく湿度を調節してくれるので、湿気が少なくて過ごしやすいですよ。今年の夏の暑さはさすがに厳しかったけれど、夜ここの床に寝そべるのは、とても快適でした。最近はひんやりするようになってきたけれど、この中に入ってくるとほわっと暖かいのよ」

日本でのわらの家の歴史は、まだ5年余り。乾燥しているアメリカでは、150年前のわらの家がまだ現存しているが、高温多湿な日本で同じような耐久性があるかという点については、確たる答えが出ていない。耐久性を実証するために、大島さんたちは藁文の家や京都・美山町の家などの壁に温度と湿度のセンサーを入れてデータをとっているが、今のところ問題はないという。また、大学でもデータをとりはじめている。

「これまでのわらの家の施主さんは、『わらが腐るかもしれない』というリスクを受けとめて、問題がおきたら、土台や柱はそのままで壁だけを修理すればいいと納得してくださった方たちです。自分は慎重派なのでデータをもっととり続けて、納得したうえでわらの家を建てていきたい」と考えている大島さんが理想とする家造りは、わらの家と出会ったときのテレビ映像のように、家を建てたいと思っている人とその家族が、周囲の人たちの手を借りながら、自らの手で建てる家である。

塩月さんも言う。「自分たちだけで家をつくるのは難しいとしても、可能な限り関わってほしいと願っています。わらの家づくりは、その入り口として柔らかく出迎えてくれる素材だと思うし、家族の絆を深めて人生を豊かにする家づくりであり、人の営みそのものなのだと思っています」

来年のはさ掛けトラストの募集はもうはじまっている。このトラストでできるストローベイルは、誰の家になるのだろうか。塩月さん自身も、5年後に計画していた里山への移住を大幅に早め、近いうちにわらの家づくりをはじめそうな気配だ。

わらの家の持つ力は、さらにたくさんの人を結びつけ、あたたかで楽しい『結』の新しい形を育んでいくであろうことを、取材を通して確信した。

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