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特集・なごやエコ最前線

全国にひろがれ!森の健康診断〜人工林再生に向けて〜

日本の森の40パーセントは人工林だという。良質の木材として高値で販売するには、手入れが欠かせないため、かつての人工林は木を間伐し下草を刈り枝打ちをするなど、手入れが施されていた。しかし、木材の価格が下落するにつれて山仕事をする人が減り続け、今では、「山を持っていても手入れの仕方がわからない」「手入れをしようと思っても、自分の山がどこからどこまでなのかわからない」「どのような森の状態がベストなのか判断ができない」などという話が、めずらしくなくなってしまった。

一見、緑豊かに見える現在の人工林だが、実際は間伐を必要とする林が多いことが、行政と市民の共通認識となっている。しかし、間伐が必要な森がどれくらいあるのか、どの程度間伐すればいいのかについて、行政も把握できていないのだという。まず現状を知らなくてはという思いからはじまったのが、市民の手で森の現状を調べ記録する『森の健康診断』だ。

掲載日
2006-09-08
取材・文
吉野 隆子
森の健康診断に寄せられる期待

6月3日、第2回矢作川森の健康診断が、愛知県豊田市・岐阜県恵那市・長野県根羽村の3か所で行われた。午前9時30分、会場の1つ、豊田市森林課(旧足助町役場)は、山歩きの身支度を整えた人たちが集まり、熱気に包まれていた。参加者を前に、森の健康診断実行委員会の代表でこの調査を呼びかけた丹羽健司さんは、「いま人工林は地域のお荷物ととらえられているが、これを地域のお宝にしたい。今日は人工林をゆっくり味わい、その状況を周囲に伝えてほしい」と語った。続いてマイクを持った2人の言葉からも、森の健康診断への期待が感じとれた。

「安心して生活するための基本となるのは水。現在、豊田市森林組合の35,000haのうち、手入れできているのは1,200haのみ。水源林をどう守っていくかが、自分たちの使命である。森の健康診断を通して、みなさんに山の状況を理解していただきたい」(豊田森林組合 林富蔵さん)

「豊田市でも森林課を創設して、試行錯誤しているところ。森の健康診断は都市と農山村共生の1つの形」(豊田市産業部調整監 金子宏さん)

豊田市では水源林を守る手段のひとつとして、徴収した水道料金の中から水道使用量1トンにつき1円を、水源となる上流の森林保全に充てるため、『豊田市水道水源保全基金』として積み立てる取り組みを1994年に開始、今年3月末で約4億円となっているという。こうしたことからも、この地域では行政も森林問題に高い関心を持っていることがうかがわれる。

森の健康診断 実地編

今回、豊田市での調査に参加した15歳から78歳という幅広い年齢層にわたる120人は、14のグループに分かれて調査にあたる。1グループは2か所ずつ調査することになっている。

名古屋市千種区に住みながら、年間100日は足助に通って森林ボランティアなどに関わっている橋本幸太郎さんをリーダーとする5班のメンバーも、車に分乗して観察地点に向かった。最初の観察地点は32度の斜面。傾斜がきついので、計測作業だけでも一仕事だ。

まず、細かい指示が記されているマニュアルに従って、調査する場所を決める。付近の木の中で2〜3番目の太さで上層に達していて、かつまっすぐで傷などがない木を中心木と定め、その周囲に5メートル四方の四角形を描くようにロープを張る。そして、この四角形の内側について、調査票に従いながら調べていく。各自に配布された調査票は1ポイントあたり2枚。調査地の設定・人工林の植生・人工林の混み具合を調べて書き込むようになっている。

「木の種類はヒノキだね」「標高は地図で見ると390メートルくらいかなぁ」「斜面の向きは西北だよ」

メンバー全員で森を眺め、地図や磁石などを使いながら、調査項目をひとつずつ埋めていく。

項目が草と低木に移ると、植物博士 山田弘さんの出番となる。調査ポイントの中をくまなく歩き回り、「これはマルバカエデ、これはシロモジだな…」と、次々に植物の名前を挙げながら採取していく。リストアップされた草は5種類、木は25種類あった。

続いて人工林の混み具合を調べる。こちらの調査面積は半径5.65メートルの円内約100平方メートル。中心木から釣り竿とひもを使って、円内に生えている木にチョークで印をつけていく。そして印をつけた木の胸高直径を測って平均直径を算出し、それを元に樹木の体積も推定していく。これ以外にも、中心木と平均直径木の樹高を測定(釣り竿を利用して目測)し、落葉層と腐植層の被覆率も調べた。リーダーの橋本さんによると、「ここは枝打ちがしてあって、ある程度間伐もされているから、膝小僧あたりまで低木が育っているでしょう。間伐はもう少し必要だけれど、いい状態ですね」とのこと。橋本さんのように森に慣れれば、眺めただけである程度の状態は把握できるようになるが、健康診断の結果がデータ化されると、間伐すべき本数や手入れの方法などが素人にも判断でき、さらに効果的な管理計画を考えることができるのだ。

昼食をはさんで2か所めの観察地点へ。ここは安城農林高校の演習林だけあって、よく手入れされている。草は4種類、木は10種類と種類こそ少ないが、落葉層は厚く、腐植層も5センチ以上あって、土がふかふかしている。メンバーがそれぞれ地面に寝ころんで空を眺め、鳥の声を聞いたりしていた。わずかな時間だったが、豊かな時間を過ごすことができたようだ。

測定には、方位磁石・傾斜角度計・移植ごて・ものさし・使い捨てカメラ・巻き尺・ノギス、測定以外の道具はロープ・テープ・チョークなどを使ったが、驚いたことに数点を除いて、ほぼ100円グッズで調達したのだという。多数の参加者に対応可能で、かつ各地で応用できる調査にするためには、安い調査用具を大量に準備できることが必要不可欠だった。その厳しい条件を満たしたのが100円グッズだったのである。立派な道具をそろえずとも、安価で簡単に入手できる100円グッズを使った調査手法を考え出したことで、森の健康診断を全国区モデルにするための地歩が固まったと言えるだろう。

素人山主を巻き込んで

この日の参加者の中には、森林の持ち主もいた。森林を所有していながら、ほとんど山仕事をしたことがなく、所有している森林で林業経営する気持ちも技術も知識もない『素人山主』だ。「自分の山の状態を知るため、森の健康診断で知識を得ようと思って参加した」とのこと。

現在、この地域の地主さんの平均年齢は50〜60代となっているらしい。おじいさんの世代は山仕事をしていたが、彼らの多くは気にはなりつつ山に行ったこともないという。

他方で、「山はもっていないが、森林ボランティアとして山仕事をしたい」という人たちがいる。かつては、森林ボランティアを志願する人がいても、「先祖から受け継いできた大切な山を、技術を持ち合わせているかどうかも確かではないうえ、見知らぬ人に任せられない」というのが、常識的な考え方だった。しかし、山主の多くが山仕事を知らない現在、「自分の山を森林ボランティアに使わせてもいい」と考える人たちが出現しているのだという。

2002年1月、農林水産省東海農政局の豊田統計情報出張所が山主1000人を対象に行った『山林保有者アンケート』の結果、山主の多くは自らが山仕事について素人に近い状態であることを認め、半数近くは「自分の山を森林ボランティアに使わせてもいい」と回答した。これが、森林ボランティアを養成する『とよたオイスカ森林塾』設立のきっかけともなった。

しかし、現在の森の状況を見ると、森林ボランティアが多少増えたとしても、それだけで放置林がなくなることなどあり得ない。まず森の状態を把握し、山主が山仕事のプロや森林ボランティアの助けを借りて手を入れていくことがどうしても必要になってくる。山主たちに山の現状を知らせるのが森の健康診断であり、山仕事の楽しさに気づかせるのが楽しそうに森林ボランティアに取り組む人たちの姿なのだ。ボランティアをしたいという人たちには、「木を切りたい」「森に入って木を見ていたい」「山仕事をおぼえたい」などやりたいことがそれぞれあるのだが、木が好き、森が好きというところでは、共通した思いがある。そうした人たちが素人山主たちと交流したり一緒に山仕事を学んだりするうちに、素人山主が感化されることも多いと聞いた。素人山主の意識が変化すれば、放置林も減ってくるだろう。1年に1週間山に入るだけで、山の状態はかなり違ってくるというのだから。

第1回森の健康診断の結果

森の健康診断を行う際、科学的な裏付けや指導・助言を行い、診断後にデータを分析して報告書作成をしたのは、『矢作川森の研究者グループ』だ。彼らは、森林の健康診断と並行して専門的な調査も行っている。

今回の調査でもデータ分析を担っているが、それは現在集計作業中である。ここではご報告できないが、昨年2005年6月4日に約150人が参加して行われた「第1回矢作川森林の健康診断」の結果を振り返ってみたい。

第1回の調査ポイント106か所の人工林のうち、全体の半分以上がヒノキ林で、約1/4がスギ、約1/4がスギとヒノキの混合林だった。林のおよそ半数には枯れ木があり、1/5弱に竹が混ざっていた。

人工林の混み具合を知るための指標はいくつかあるが、そのひとつ、『断面積』を指標にした場合、63パーセントが過密または超過密な森林で、早急に間伐などの手入れが必要であることがわかった。幹の間隔と樹高の比を示す『相対幹距』によると、過密な地点は23パーセント、超過密なのは54地点となった。また、木のプロポーションを示す『樹高と直径の比』によれば、風雪害の危険が増すとみられる地点が全体の58パーセントあるとされた。この3つの指標から、全調査地点の約6〜8割が間伐を必要としていることがわかった。

これ以外にも、この地域でしか見られない貴重な植物が矢作川流域の森林で繁殖していることがわかるなど、さまざまな成果があった。

全国に広がりつつある森の健康診断

6月3日、串原会場には160人、根羽会場には80人が集まった。豊田会場を含めた360人の手によるデータは集計され、10月21日に『第2回矢作川森の健康診断報告シンポ』(豊田市崇化館交流館)で報告される。10月28日には『第2回土岐川・庄内川源流森の健康診断』が行われる予定だ。

また、森の健康診断への取り組みが広がりつつある状況を受けて、来年1月13日には、『第1回森の健康診断全国会議』が豊田市で開催されることになっている。森の健康診断が進化を遂げながら全国に浸透していく日は近いだろう。

誰にでも楽しく科学的に取り組むことができる森の健康診断の積み重ねによって、日本の森の現状と森の健康診断であるべき森林の姿が見えてくる。その姿を目指して、山主が山仕事のプロや森林ボランティアの助けを借りて手を入れていく。ゴールははるか彼方ではあるが、楽しいからたくさんの人を巻き込むことができ、続けていくことができるに違いない。森の健康診断の今後の展開が大いに期待される。

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