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自然の中で育つ「生きる力」。風の子幼児園が40年間大切にしてきたこと
子どもは自然の中で遊び、暮らすことを通して、さまざまなことを身に付けていく。
土に触れ、生きものを見つけ、季節の移ろいを肌で感じながら過ごす毎日。その積み重ねが、自然を身近な存在として受け止める感性を育てていく。
名古屋市天白区にある「相生 風の子幼児園」は、そんな暮らしの中で自然と向き合う保育を40年以上続けてきた。
子どもたちはどのような毎日を過ごし、どんな想いで保育が行われているのだろうか。今回は、園のスタッフ・小貝由香(こがい・ゆか)さんに話を伺った。
自然の中で子どもが自分で遊びを見つける毎日
風の子幼児園は、認可外保育園として年少から年長まで30人前後の子どもたちが通う。4人のスタッフが学年を分けずに見守る縦割り保育を行い、子どもたちは自然の中でのびのびと遊びながら毎日を過ごしている。
取材の申し込みをした際に、代表の大坪智恵子(おおつぼ・ちえこ)さんから「汚れてもいい恰好で、お弁当を持ってきてくださいね」と声をかけられた。取材でそんな案内を受けたのは久しぶりだった。
子どもたちと過ごす時間を楽しみにしながら、当日は森の小道を抜けて園へ向かった。園は徳林寺というお寺に隣接していて、車の音はほとんど聞こえない。静かな森の中に、子どもたちの元気な声が響いている。
筆者が訪れたのは7月初旬。園児の父親たちが手づくりしたプールがあり、子どもたちは歓声を上げながら水遊びを楽しんでいた。
プールの季節が終わると、この場所は泥遊びや砂遊びの舞台になる。子どもたちは自由に水を運んで池をつくったり、「水コース」と呼ばれる川を掘ったりしながら遊ぶ。気がつけば、全身泥だらけ。それが、この園ではいつもの風景だ。
「グラウンドで遊んでいる子もいるんです、行ってみましょうか」
小貝さんから声をかけてもらって、少しだけ離れた場所にあるグラウンドへ。広い芝生では、小さな台車を押す子やカマキリなどの昆虫を探す子、芝生の上でゴロリと寝転がっている子もいる。
「ぼくちからもちだよー」「シャクトリムシをみつけたよ」。そんな声があちこちから聞こえる。子どもたちは、思い思いの遊びに夢中になっていた。
小貝さんによれば「子どもたちはどこまでも走れるだけで楽しいみたいです」。誰かに遊びを決められるのではなく、自分で見つけた遊びに没頭する。その姿が、この園らしさを物語っていた。
「五感を目覚めさせたい」――40年前に始まった園づくり
風の子幼児園の創立は、1985年にさかのぼる。そのきっかけとなったのは、創設者の仁藤清司(にとう・せいじ)さんが高校で物理を教えていた頃の、ある出来事だった。
ある課外授業で生徒たちに「お餅つきをしたい人はいますか?」と聞いても、誰ひとり手を挙げなかったのである。暮らしへの興味や実体験が失われつつある――。そんな危機感から「もっと幼い頃から五感を育てる場が必要だ」と考えたことが、風の子幼児園の始まりだった。
今から40年ほど前といえば、高度経済成長期の真っ只中。子どもたちの育つ環境も大きく変わり、便利なものがあふれ始めた頃だった。
最初の活動は、昭和区に一軒の民家を借りてスタートした。子どもたちと近くの八事裏山へ出かけて、土や緑・太陽に触れることで五感を目覚めさせようと森を探索した。そして、活動12年目に入った時に、現在の徳林寺の境内へ移転した。
森や畑に囲まれた環境で、子どもたちは自然により寄り添いながら過ごせるようになった。移転しても変わらないのは、自然を「学ぶ対象」ではなく、「暮らしの一部」として子どもたちが日々触れられる環境を大切にしていることだ。
森の中には、子どもたちが自分たちで名前を付けた遊び場もある。そのひとつが「粘土の国」だ。 粘土質の土が採れる場所で、子どもたちは重たい粘土を運び、自分たちの手で思い思いの作品をつくって遊んでいる。
季節ごとに自然との出合いがあるのも、この場所ならではの楽しみだ。初夏にはホタルが舞い始める。この時期になると、年長の子どもたちはキャンプをして夜の森へ出かける。
また、食や農を大切にしていることも園の大きな特徴だ。ここには、徳林寺の和尚さんの助言や存在も大きいという。園に隣接する畑で子どもたちは好きな野菜を植えて育て、収穫して味わっている。
春は節分やこいのぼりづくり、夏には竹を使った流しそうめん、秋は紅葉狩り、冬には味噌づくりなど、季節の行事や昔ながらの食文化も日々の暮らしの中に息づいている。
取材で訪れた日は、ちょうど誕生日会も開かれた。風の子幼児園では、誕生日を迎えた子どもを一人ずつお祝いするのが昔からのスタイルだ。
おやつは、誕生日の子の「食べたいもの」を聞いて手づくりする。 この日のおやつは、バナナやイチゴが彩りよく盛り付けられたパフェ。子どもたちは歌を歌い、みんなで誕生日を祝う。私もそのパフェをごちそうになったが、やさしい甘さで、手づくりならではの温もりが感じられた。
園のお別れのあいさつは、「さよならあんころもちまたきなこ」「パクッ」。バイバイと手をふる代わりに使われることが多い、昔ながらのわらべ歌のひとつだ。園では、こうした昔ながらの言葉や遊びも、子どもたちへと受け継がれているのだ。
「先生はいない」。子どもが主役の保育とは
風の子幼児園には、「先生」という呼び方がない。子どもたちは保育士やスタッフのことをそれぞれの名前で呼んでいる。その背景には、「子どもが主役」という園の考え方がある。
実は、小貝さんがこの園で働き始めた当初、名前で呼ばれることに戸惑いがあったという。というのも、保育士として働いていると、「先生」と呼ばれる環境が当たり前だったからだ。
「最初は少し違和感がありました。もしかすると、無意識のうちに子どもを自分より下の存在として見ていたのかもしれません」(小貝さん)
それが子どもたちと向き合うなかで、子どもは大人が思っているほど未熟な存在ではなく、ひとりの人間として対等に関わるべき存在であると実感していったという。
こうした考え方は、日々の保育にも表れている。園では、時間ごとに決まった活動が決められているわけではない。子どもたちは自分で遊びを見つけ、思い思いに一日を過ごしている。
また、年少から年長までを学年で分けずに、縦割りで保育をしているのも大きな特徴だ。縦割りで過ごすことで「年上の子が年下の子を自然に気にかけるようになった」と小貝さんは話す。
たとえば、水筒の蓋をうまく開けられない年少の子がいると、近くにいた年長の子がさっと手を貸す。誰かに言われたわけではない。そんな何気ない助け合いが、園では当たり前の風景になっているのだ。
園で大切にしているのは「自然に生きる、自由に生きる、友達と生きる」という考え方だ。自然の中で思い切り遊び、自分で考えて行動し、友達と関わりながら育っていく。そのすべてが、この園の日常になっている。
卒園しても続く、風の子とのつながり
園で過ごすのは年少から年長までの3年間。しかし、そのつながりは卒園後も続いている。昭和区で保育をしていた頃から活動に関わってきた小貝さんはこう話す。
「子どもたちは遊びから、さまざまなことを学びます。大人が決めた細かいルールはありませんが、子どもたち同士で安全に楽しく遊ぶためのルールを考えているんですよね。卒園生たちが、たくましく立派に成長している姿をみて、のびのびと過ごすことの大切さを感じています」
卒園生向けに「風の子クラブ」という交流の場も用意されている。小学校に入学すると、最初の半年間は毎月集まる機会がある。そのなかで、小学校での生活に自然と慣れていく子も多いという。その後にも、定期的な交流の場が用意されている。
過去には、受験勉強に疲れた高校生の卒園生が、ふらりと園を訪れ、半日ほど園児と遊んで帰ったこともあるという。 卒園しても、ほっと一息つける場所であり続けているのだ。
創立から40年を過ぎて、活動当初の卒園生が自分の子どもを連れて園にやってくることも増えてきている。「小さな集団でしっかり育ったからこそ、大きな集団にも溶け込んでいける子が多いんです」と小貝さん。
幼少期に人と人がしっかり関わる時間を経験することで、相手の気持ちやその場の雰囲気を感じることが得意な子が多いという。
子どもの育ちを、その先まで支えたい
昔ながらの暮らしや文化を大切に過ごすことが、現代を生きる子どもたちの力を育てることにつながっている。お話を伺うなかで、そんな印象を受けた。
取材の最後に「これからやってみたいこと」について尋ねてみると、こんな言葉がかえってきた。
「いつか小学部を作ってみたいですね」
これは、スタッフの間では以前から話し合われてきた構想だという。小学校へ進学したあと、環境の変化になじめず悩む子もいる。今も「風の子クラブ」で卒園生と関わっているが、もっと広く子どもたちを支えられる場がつくれたら――。そんな思いがあるという。
「なかなか手が回らないのが現状ですが、いつかそのタイミングが来たらと思っています」と小貝さん。
森を駆け回り、畑で野菜を育て、友だちと遊びながら過ごす日々。一見すると昔ながらの風景だが、こうした時間の中で子どもたちは、自分で考え、人と関わり、自然とともに生きる力を育んでいる。
40年にわたって続いてきた風の子幼児園の歩みは、環境教育とは特別なプログラムではなく、人や自然とともに暮らす毎日の中にあることを教えてくれるようだった。











