ENVIRONMENTALCOLUMN 環境情報を知りたい方/環境コラム
今こそ考えて行動したい「廃食用油リサイクル」のお話
名古屋市が、家庭で使い終わった食用油(廃食用油)を回収して燃料化する取り組みに熱心なのをご存知だろうか。
さかのぼれば17年前から、多くて年間約75キロリットルの廃食用油を市民から回収。当初の市バス燃料への利用は10年余りで終了したが、ごみ収集車には今も使われ、2026年度からは航空機の燃料にも活用されている。
折しも中東危機で石油供給の不安が広がる中、「脱・石油」の観点から廃食用油への注目度は上昇するに違いない。一方で、ペットボトル1本ほどの油をコツコツためることに、どれだけ意味があるのかと感じる市民も少なくないだろう。
そんな疑問に対する専門家の意見を交え、廃食用油リサイクルの過去から未来までをまとめたい。
■脱炭素進める航空業界にとって“宝の山”が家庭に
4月29日、名古屋市千種区のアピタ千代田橋店の入り口前に「使用済み油で…空を飛ぶ!?」と書かれたのぼりが立てられた。文字の下にある合成写真は、エビフライが飛行機の機体で、ナイフとフォークが翼に見える。さらにその下には「持続可能な次世代航空燃料SAF−サフ−を製造!」の文字も。
SAF(Sustainable Aviation Fuel)は、食用油などのバイオマス由来の石油代替燃料で、航空業界の脱炭素化の切り札とされている。
のぼりの前で行われた名古屋市の廃食用油回収促進キャンペーンでは、市環境局の鬼頭秀一局長が挨拶。「家庭から排出された食用油からつくられたSAFが、愛知県内の空港であるセントレア(中部国際空港)で使用されるという循環の輪が実現した」とアピールした。
それを受けて同空港の坂田一亮・サステナビリティ推進担当執行役員は、「空港から排出される温室効果ガスの約9割が航空機から排出されている。それをSAFに切り替えていくのは私ども空港としてとても大事なこと」とした上で、「全国的にみると家庭から出る油のほぼ9割が燃えるごみとして捨てられていると聞いている。私どもとして、ちょっと言葉は悪いかもしれないが、それは“宝の山”。今回、名古屋市のSAF化の取り組みは回収する油の一部とは聞いているが、私どもにとっては非常に大きな力になる」と強調した。
キャンペーンでは、市内のスーパーなど71店舗(2026年4月時点)で廃食用油の回収が受け付けられていることや、回収された油の約1割が大阪府堺市のプラントでSAF化されることなどを紹介。アピタ千代田橋店では普段から店内のサービスカウンターで回収が受け付けられているが、この日はキャンペーン会場を訪れた市民が直接、ペットボトルに入った廃食用油を市側に手渡す姿も見られた。
■当初は市バスにも導入、ここ数年は回収量が減少
名古屋市が廃食用油の回収を始めたのは2009年度から。翌年に国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の地元開催を控え、環境意識の高まりを受けての施策だった。
当初、回収した廃食用油は県内のプラントなどでバイオディーゼル燃料に精製。軽油と100%置きかえられる「B100」という規格で、それを燃料に「バイオディーゼル燃料車」とラッピングされた市バスやごみ収集車が街なかを走っていた。本環境コラムでも2012年に「天ぷら廃油をバイオディーゼル燃料に(https://www.n-kd.jp/column/3897.html)」のタイトルで記事化している。
しかし、やがて老朽化で車両の更新が必要となった時期に、対応できる車両の調達が困難だったことから、2021年度で市バスやごみ収集車へのB100の使用は終了。現在は5%置きかえる「B5」と呼ばれる規格を一部のごみ収集車で使用しているという。燃料の他にも、廃食用油の精製事業者が市内の文具メーカーと共同で廃食用油を使用した「クレヨン」をつくるなど、さまざまな活用と環境啓発が進められている。
家庭からの回収量は2020年度の約75キロリットルをピークに、ここ数年は50キロリットル台で横ばい。市環境局資源循環推進課は、物価高による節約の影響のほか、いまだに家庭で廃棄してしまっている量が多いとみている。このためスーパーでのキャンペーンに続き、6月15日から30日にかけては各区の環境事業所でも回収を受け付けるなど、てこ入れに努める。
回収対象はサラダ油やごま油などの植物性油で、動物性油や機械油、燃料油、事業用油などは対象外。油を十分に冷ました後、天かすなどの固形物を取り除いた上で、容量700ミリリットル以下のペットボトルに入れて出すよう求めている。環境事業所に廃食用油を持ち込むと、先着50人に廃食用油を使用したクレヨンなどがプレゼントされるという。
■世界的な資源不足の中で「微力だが無力ではない」
こうした取り組みの背景には、国内外のどのような動きがあるのだろうか。
SAFなどのバイオ燃料に詳しい愛知工業大学総合技術研究所(豊田市)の近藤元博教授は、航空分野でSAFが必要とされる理由を以下のように説明する。
「航空機から出るCO2を削減するためには、エンジンンの低燃費化や機体の軽量化などの技術革新と、離陸時の早期加速上昇や着陸後の逆噴射抑制など、飛行機の運用を改善する方法があります。しかし、車のような電動化は、航空機ではなかなかできません。つまり、根本的な脱炭素化のためには燃料をかえるしかなく、石油由来のジェット燃料にかわるのがSAFです。今のエンジンをそのまま使ってCO2を減らすには、SAFが最も有効であることが国際的にも共通認識となっています」
近藤教授は経済産業省の総合資源エネルギー調査会・脱炭素燃料政策小委員会の委員も務め、日本国内のSAFをめぐる政策づくりを議論している。2024年には「エネルギー供給高度化法」に基づき、2030年からの5年間でSAFの供給量を大幅に拡大する目標が定められた。それに向けて国は石油元売り企業がSAF製造プラントを建設する費用の一部を補助する制度を整え、企業は航空会社の需要などを見極めながらプラント建設への投資を判断している段階だ。そこでカギになるのが他ならぬ廃食用油の回収なのだという。
「現在、国内の廃食用油は事業系で年間約40万トン、家庭系で約10万トン発生しています。事業系の一部は飼料や石けんなどの原料になっていますが、約11万トンは燃料として海外に輸出されています。一方、家庭系の約10万トンは回収の仕組みがほとんどなく、未利用です。この家庭系と事業系の輸出分の計約21万トンの廃油を回収・再利用すれば、SAFプラント1つ分の原料になります。ただし、国内で建設が見込まれるプラントは少なくとも6カ所あり、将来に向けてはまだまだ足りないぐらいなのです」
廃食用油は世界的なSAF需要増大で供給量が不足し、価格も高騰しているため、いわば「取り合い」の状態だと近藤教授は指摘する。
安定的な原料確保に向けた取り組みは必要不可欠で、人間が食べない(非可食)のマメ科の植物「ポンガミア」をSAFの原料として育てることや、アメリカ・ブラジル産のバイオエタノールからSAFを製造する「Alcohol to Jet(ATJ)」の技術を確立する動きなどがある。将来的には空気中の二酸化炭素と水素からつくる合成燃料の実用化も有望視されている。
こうした大きな流れの中で、市民一人ひとりが廃食用油を集める活動は「微力だけれど、無力ではない」と近藤教授はいう。
「廃食用油リサイクルは市民が協力しやすく、かつ実際に燃料に使われるという即効性があります。これまでは化石燃料に頼る『地下資源』の時代でしたが、これからはバイオマスなどの『地上資源』を持続的に循環利用しなければならない時代。そんな新しい社会づくりに貢献しているという意識を持って、ぜひ行動してもらいたい」
台所で使い終わった油が、まさに“宝”のように輝いて見えてきそうだ。










