ENVIRONMENTALCOLUMN 環境情報を知りたい方/環境コラム
「トナリの学校」で楽しみながら学ぶ「アップサイクル」とは
使い古したバスケットボールがキーホルダーになる。コロナ対策のアクリル板が定規になる―。
そんなユニークなモノづくりを体験できる工作教室「トナリの学校」が、名古屋市内各地で開かれている。
運営の中心となっているのは、同市北区で衣料品の素材開発から企画・製造販売までを手掛ける株式会社「大醐(だいご)」の社長、後藤裕一さん。普段はシルク製の靴下などを扱う後藤さんだが、トナリの学校では自社商品にこだわらず、さまざまな端材や廃材を使って子どもたちと一緒にモノづくりを楽しんでいる。
そのテーマであるという「アップサイクル」には、どんな意味や思いが込められているのだろうか。
■家業の立て直しから環境問題などを意識
大醐は1981年、後藤さんの父・昌治さんによって婦人服のアパレル会社として創業した。
当初は経営も順調だったが、バブル崩壊やリーマンショックを経て中小のアパレルは衰退。危機的状況の中で後藤さんは父から事業を引き継ぎ、ボクサーパンツやステテコなどの男性向け商品を含めた新規分野を開拓して業績を立て直す。
同時にシルクなどの天然素材にこだわり、フェアトレードやエシカル、SDGsなどを強く意識するようになった。2020年にはアップサイクルのブランドも立ち上げ、工場の残糸を使ったソックスやネクタイなどを商品化している。
「いらなくなったものや捨てられるものに、新しい価値を加えて生まれ変わらせる」という意味のアップサイクル。しかし、まだ一般への理解や周知が進んでいるとはいえない。後藤さんが関わったフェアトレードイベントで実施したアンケートでも、その認知度は20%ほどだった。
「まずは利益にならなくてもいいから、アップサイクルを周知しよう。それも教科書的にではなく、実体験を通して知ってもらおう」
こうした発想で、後藤さんたちの社外活動は始まった。
地元で築いてきた行政や企業、大学などとのネットワークを生かして賛同者を集め、2021年7月に第1回の「学校」=子ども向け工作教室を開催。会場は会社から近い名城公園内の商業施設「TONARINO(トナリノ)」の広場を借り、イベント名に取り入れた。まだコロナ禍の中で制限はあったものの、屋外のイベントに地元の子どもたちが大勢やって来てくれた。
「予行演習」のつもりで3社ほどがブースを並べるだけだったが、後藤さんたちは廃棄予定の米袋を取り寄せ、切り貼りしてバッグにするワークショップを企画。参加者には好きな銘柄の袋を選んでもらい、「世界に1つだけのマイバッグ」ができたと好評だった。
■プロバスケチームのボールも素材に
第2回は1カ月後に再びTONARINOで催し、これが本格的な「開校」となったという。建設会社や印刷会社など企業8社の社員らがブースを設け、米袋のマイバッグから国産ヒノキの端材を使ったコースター、空き缶をプレスした缶バッチなどのアップサイクル体験を200人以上の参加者に楽しんでもらった。
その後も10月に千種区の星が丘テラスで、12月に中区の市環境学習センター・エコパルなごやで開催。翌22年には名古屋駅前の名鉄百貨店本店や久屋大通公園での「環境デーなごや」などにも活動の場を広げていく。
扱う素材もプロバスケットボールチーム「名古屋ダイヤモンドドルフィンズ」の選手が使い古した練習用ボールを提供してもらえることに。バスケットボールは独特の色や線、表面の凹凸が特徴的。これを小さく切り刻んで、キーホルダーにしようというアイデアが生まれた。
市環境局の協力も得て、チームの拠点であるドルフィンズアリーナ(愛知県体育館)にブースを設け、試合観戦に来た親子らに足を止めてもらった。お気に入りの選手も使ったであろうボールの一部を選び、自分の手でリングを取り付ける。世界に1つしかないオリジナルのキーホルダーが次々に出来上がった。
「子どもたちがすごく大切そうに持ち帰っていきました。大人や学生たちも、やり方を教えながら“気づき”を得られる効果が大きい。やがて『アップサイクルに興味があるので、教えてほしい』という学生サークルから連絡が来るなど、自然に輪が広がっていきました」と後藤さんは振り返る。
こうしてトナリの学校は今年5月までに21回を開催。運営に参加した名古屋造形大学や名古屋外国語大学、市立北高等学校などの学生は延べ約180人、体験者は延べ約3000人に上っている。
■企業の社会貢献は本業に組み込むのが理想
昨年5月には、能登半島地震で被災した石川県穴水町で「トナリの学校in能登」を開いた。仮設住宅に入居する人たちに、アップサイクル体験を通じて前向きな気持ちになってもらったり、ボランティアと交流してもらったりする機会になったという。
こうした社会貢献活動を、「いかに本業の中に組み込むか」が後藤さんの追求する理想でもある。
大醐が本業で扱うシルク原料は、かつて日本全国で盛んだった養蚕で生み出されていた。しかし、今や日本の養蚕業は衰退の一途。そこで同社は、100年前に養蚕が地場産業の中心だった愛知県犬山市で、耕作放棄地を借りて桑畑を開墾する「犬山かいこ〜んプロジェクト」を2023年から始めた。
養蚕の文化と伝統を復活させながら、生物多様性の損失を食い止め、プラスに転じさせる「ネイチャーポジティブ」も目指す。それは本業の「人と環境にやさしい製品づくり」を商品の製造前から行うという位置付けだ。
そして製造後は、アップサイクルで循環型社会の構築に貢献する。後藤さんがトナリの学校の経験を通して今、本業として取り組んでいるのは、古い着物を利用したアップサイクル商品の開発だ。
単なる着物のリサイクルなら決して珍しくはないが、着物の柄や模様をただカワイイから、キレイだからと再利用するだけでは「文化や伝統」まで守れない。
「子どもたちがバスケットボールのキーホルダーを大切にしていたように、着物というモノの奥にある日本の文化や美意識、精神性なども伝え、千年先まで大切にしてもらえるものをつくりたい。それこそが『価値を上げる』というアップサイクルの本質だと思うんです」
後藤さんの理想は、間もなく形になりそうだという。
トナリの学校は今年も9月の環境デーなごやにブース出展するほか、11月には星が丘テラスでの開催も予定している。活動の様子や告知は以下のFacebookで確認を。
https://www.facebook.com/profile.php?id=100070111273843
また、名古屋市もアップサイクルを資源循環の取り組みの一つと位置付け、「アップサイクルなごや」のロゴをつくるなどして啓発している。以下のウェブページではトナリの学校の活動も紹介されている。
https://www.city.nagoya.jp/kankyo/page/0000155895.html