ENVIRONMENTALCOLUMN 環境情報を知りたい方/環境コラム
勿体ないを家庭から ~手しごとが身近にある暮らしを目指して~
なごや環境大学は、2025年3月で開校から20周年を迎えた。この20年の間に、私たちを取り巻く社会や環境は大きく変化してきた。そんな中、共育講座をきっかけに、自主的な活動を立ち上げ、活動を継続してきた市民グループも少なくない。
その中のひとつが、現在も精力的に活動を続ける「手あみ生涯学習ぐるーぷ」だ。
20年の歩みの中で、当初の想いや活動はどう変化してきたのか。そして今、どんな未来を描いているのか。
今回は、手あみ生涯学習ぐるーぷの代表である、多崎恵美子(たさき・えみこ)さんにお話をうかがった。
「モノを大切にすること」を広く伝えたい
もともと、多崎さんは手しごとを大切にする家庭で育ち、子どもの頃から手を動かすことが大好きだった。そんな暮らしの中で「ひとつのモノを大切に使う習慣が自然と身に付いた」という。
その後、服飾の専門学校で手編みや手紡ぎ、機械編みなど幅広い手芸の技術を学び、知識と経験を積んでいった。
多崎さんが初めて講座を開いたのは1986年。守山生涯学習センターで開催した「輪にあむセーター」という市民講座が、その始まりだった。
2006年には、名古屋市が主催する「なごや環境塾」に参加し、このことがきっかけで自主グループを結成。これが、現在の「手あみ生涯学習ぐるーぷ」の出発点だ。
2005年の愛・地球博(愛知万博)では、「捨てる前の一工夫」をテーマに身近な手しごとを紹介したところ、その活動は多くの来場者の注目を集めた。
多崎さんは当時の様子をこう語る。
「最初は、セーターの編み方などを紹介しようと思っていました。でも担当の方からは、『もっと簡単なもの、たとえば、ゴムの替え方やボタンの付け方がいい』と言われたんです。そのとき、社会全体で“手しごと離れ”が進んでいることを、はっきりと実感しました」
使わなくなった着物は「作務衣」、Tシャツは「布草履」に
愛・地球博から20年ーー。社会の価値観や暮らしのスタイルが大きく変わってきた今も、手あみ生涯学習ぐるーぷの活動は続いている。環境塾に参加する前から毎年開いてきた展示は、2024年で30回目を迎え、40人ほどの生徒さんによる作品で会場が彩られた。
なごや環境大学で共育講座を継続してきたことについて、多崎さんは「活動を続けるための大きな支えになった」と語る。制度を上手に活用することで、多くの出会いやつながりが生まれてきたという。
手あみ生涯学習ぐるーぷの活動の軸は、「編む」「織る」「染める」。「勿体ないを家庭から」を合言葉に、これまでさまざまな場所で講座を展開してきた。
中でも参加者に評判なのは、「使わなくなった着物を作務衣に手直しで繕う(つくろう)」という講座。開催当初から定員以上の申し込みがあり、「抽選」となる会場もあるほどの盛況ぶりだ。
講座の大きな特徴は「着物を切らずに活用する」こと。特に、袖の部分など着物本来の形を活かすことで、布の後始末が簡単になる点も、参加者に好評だ。
「作務衣は着る機会がないという方には、ショートベストやロングベストなど、別の形に仕立てることも提案しています。自由な発想で、無理なく楽しんでほしいんです」(多崎さん)
もうひとつ、親子で参加できる「布草履づくり」も大人気の講座だ。着なくなったTシャツを裂いて草履に生まれ変わらせるというもの。Tシャツならではの生地の「柔らかさ」が手作業に適しているという。
思い出のこもった着物や洋服は、「捨てられない」と感じる人が多い。講座には「母から譲られた着物」「子どもが小さい時に着ていたTシャツ」など、特別な一品を持参する参加者も少なくないという。
先日、筆者が訪れた自主グループの活動現場では、こんな場面もあった。
このグループには、活動歴15年以上というベテランの参加者も多い。お話を聞いてみると、もともと裁縫や編み物が好きで「毛糸や布が自宅にたくさんある」「自分が元気なうちにいろいろな物を作って活用したくて」といった思いから参加するようになった人たちだった。
「ここに来ると裁縫や編み物が好きな人ばかりで、毎回いろんな刺激をもらっています。次はあれも作ってみたい!とイメージが湧いてくるんです」
実際に、布をほどいて棒状にしていく女性の傍らで、少しずつ余った古い毛糸でモチーフを作り、そのモチーフをつなげて洋服を作っていた。それぞれどんな作品になるのか、仕上がりが楽しみだ。
「手しごとが身近にある」そんな暮らしを広めたい
長い時間をかけて、仲間とともに活動を続けてきた多崎さん。特別な道具や技術がなくても、「大切なモノに手をかけて使い続ける」。そんな知恵と工夫を、多くの人に伝えてきた。
一方で、活動を続ける中で、こんな課題も感じているという。
「着物で作務衣が作れますよ、と伝えると、たくさんの人が集まってくれます。でも本当に伝えたいのは『着物で作れる』ということではなく、『大切にしてきたモノが、形を変えてまた使える』ということなんです」
たとえば、「大切なモノを何でも良いので持ってきてください」と案内すると、逆に申し込みが減ることもあるそうだ。「何を持っていけばいいのか」「それがどう変わるのか」がイメ-ジしづらく、参加をためらってしまう人もいるからだ。
こうした葛藤を抱えながらも、多崎さんは日々の活動を続けている。その原動力はどこにあるのか。尋ねてみると、こんな言葉が返ってきた。
「活動を長年続けてこられたのは、何よりも、自分が楽しんでいるから。そして、ただ“伝える”のではなく、私自身が“実践する人”であり続けたいと思っているんです」
取材の終わりに、多崎さんはこんな言葉を残してくれた。
「“断捨離”という言葉をよく聞きますが、私は思い出の詰まったモノを捨ててまで“スッキリしたい”とは思いません。形を変えて身近に置いておくことで、思い出と一緒に暮らしていける。そんな気持ちが、“モノを大切にする”という活動の根っこにあるんです」
多崎さんの話を聞いて、筆者のタンスに眠る着物たちが、ふと愛おしく思えてきた。そして今、もう一度その布たちと向き合ってみようかなという気持ちが静かに芽生えている。