ENVIRONMENTALCOLUMN 環境情報を知りたい方/環境コラム

自然栽培の米作りで地域の「未来」をつくる

取材・文 (取材・文=松橋かなこ)
  • SDGs
  • 自然

食と農業への関心が高まる中、食育や農業体験の重要性が様々な場面で語られるようになった。こうした状況において、名古屋市中川区の福祉団体と地域の子ども達による自然栽培の米作りが注目を集めている。

都市部での米作りは、どのような想いから始まり、どのように展開されているのだろうか。今回は「ぽかぽかワークス」の工藤勉(くどう・つとむ)さんにお話を伺った。

「みんなで未来をつくろ米」とは

「ぽかぽかワークス」は、中川区にある就労継続支援(B型)事業所だ。米作りのほかに、ポーセラーツや装飾品の制作などの「ハンドワーク」や、ホームページや動画の制作などの「IT作業」なども行っている。

同団体が地域住民と一緒に自然栽培で米作りを始めたのは、2021年。同団体が畑や水田を借りて農業をしていたところ、幼児食や食育に取り組む団体から「工藤さんたちの田んぼを借りて米作りをやりたい」と声を掛けられたのが、その始まりだ。

その当時、米作りを行っていた「供米田(くまいでん)」は、熱田神宮に献上するための米を作ってきた場所。しかし、農業の後継者不足と共に、耕作放棄地が増えていた。

こうした背景から生まれたのが、「みんなで未来をつくろ米(以下「つくろ米」プロジェクト)」だ。ここには、「多世代で農業に取り組んでみんなで未来をつくりたい」という想いが込められている。

ちなみに、工藤さんが自然栽培に興味を持ったきっかけは、2016年に「自然栽培パーティ」という団体に出会ったことによる。障がい者施設が連携して自然栽培の農業に挑戦する団体で、メンバーが楽しそうに活動する姿に感銘を受けた。この出会いをきっかけに、工藤さんは自らも「自然栽培」を始めることを決意した。当時の気持ちを、工藤さんはこうふりかえる。

「自然栽培は、大きさや形が違っても全ておいしく食べられるのが大きな魅力です。『何かを排除しない』『誰もが輝ける』という部分に、私たちの福祉の活動との共通点を感じました。障がいを持つ利用者さんの工賃を少しでも上げるきっかけを作りたい。そんな気持ちもあって、自然栽培に取り組み始めました」

米作り1年目は、作業所のメンバーを中心に、鎌(かま)などを使いながらの草取りと手作業での稲刈りだったため、なかなかの重労働だったという。その経験を活かし、2年目はネットオークションで農業機械「コンバイン」を購入して、米作りに励んだ。

工藤さんを含めたスタッフは行政の農業研修などで学びを深めながら、圃場(ホジョウ)面積を拡大し、米作りの作業を効率化してきた。こうした流れの中で「つくろ米」プロジェクトの規模は年々拡大し、一般参加者やボランティアも増えていった。

2024年の「つくろ米」プロジェクトは、6月の田植えから始まり、草取り・ザリガニ釣り、かかしづくり、稲刈り、収穫祭まで、計5回のスケジュールで開催。田植えや収穫体験には、地元PTAを含めて300名ほどの住民と、20~30名のボランティアが参加した。

筆者が参加した9月の「かかしづくり」は、かかしづくりに夢中になる家族の姿がとても印象的だった。飲食店や保険会社など地元企業からの協賛が多く集まり、たくさんの作品を表彰。米作りを起点にして、地域が一丸となって盛り上がるイベントになった。

2021年の初めての田植え
2021年の収穫祭
地域住民に説明をする工藤さん

米作りを通して「仲間の輪」が広がっていく

自然栽培での米作りを始めて、8年目。「農業に携わるようになって地元の人が気軽に声をかけてくれるようになった」と工藤さんは笑みを浮かべる。

たとえば、「何を育てているのですか」と質問する人や、「もっとこうしたほうがいい」など、農作業のアドバイスをする人も多いのだとか。さまざまな話をしているうちに、地域の人達とのつながりが深まり、それがきっかけで地元企業から声が掛かることもあるという。

地元の子ども達が参加するイベントでは、障がいを持つ利用者さんが、イベントスタッフとして子ども達に作業のやり方を教える場面も。そんな場面を眺めながら、工藤さんは一人ひとりの成長を実感すると同時に、「(私たち福祉団体が)農業に携わって良かった」と感じることも多々あった。

時には、障がい者さん達と共に、地域におけるひきこもりの人達が「ボランティア」として農作業に加わることもある。屋外に出づらい状況にある人達にとって、農作業を通して屋外で身体を動かし植物と向き合うことは、程よい刺激になっているようだ。

こうした農業の魅力について、工藤さんはこう話す。

「植物など生き物を相手にする仕事において『こうでなければいけない』というルールは、ほとんど存在しないと感じています。決まったやり方ではなくて『その人の好きなようにできる』。これは福祉の考え方にもつながりますし、私にとっての農業の魅力ですね」

「つくろ米」プロジェクトの規模が拡大し、その存在が周囲にも知られるようになると「私たちも協力したい」「使わなくなった農業工具を寄付したい」などの声を掛けてくれる人達も増加した。最初は遠くから眺めていた人が、活動の主旨に賛同し、積極的に関わるようになったケースもあるという。

ぽかぽかワークスの活動理念は「自分自身が、仕事に楽しく、輝ける場所」。各自ができることで助け合う中で、活動に賛同する人が集まるようになり、その輪が現在もどんどん広がっている。

田んぼを彩る個性豊かなかかし達
かまどで新米を炊く子どもとスタッフ
説明を聞く学生ボランティア達

夢は「給食につくろ米を提供すること」

2024年の収穫祭では「炊きたてのごはんを食べてもらいたい」という強い気持ちがあった。そこで、家電メーカーに協力をお願いして、電気を使わずに炊ける「かまど」でお米を炊いて、みんなで食べた。

「おいしい!」と言いながら、新米を夢中で食べる子ども達の姿ーー。こうした場面を近くで眺めながら「来年も炊きたてのごはんをみんなで食べたい」と感じたという。

毎年新しいことに挑戦し、仲間の輪を広げてきた「つくろ米」プロジェクト。これからの目標を工藤さんに尋ねると、こんな言葉が返ってきた。

「子ども達と一緒に作ったお米を、名古屋市の給食に提供したいと思っています。まずは、年間1食を目指しています。私たちの活動理念を大切にしながら、これからも仲間の輪を広げて、夢に向かって進んでいきたいです」

子ども達に安心・安全な食材を食べてもらいたいーー。この想いに共感する地域住民や「オーガニック給食」を支援する団体からは、応援の声がすでに多く寄せられているという。

その一方で、「つくろ米」プロジェクトで収穫されたお米は、現状ではウエディングでのニーズが高く、その9割がカタログギフトとして利用されている。

こうした状況のなかで、給食用のお米をどのように栽培し、提供していくのか。スタッフやボランティアメンバーの確保や調整など、課題は多い。

また、お米の生産量を増やすために、田んぼ面積の増大や農作業ロボットの活用なども視野に入れているという。工藤さんは「給食につくろ米を提供する」という夢に向かって、仲間と共にさまざまな方法を検討中だ。

地域住民と一緒に新しい農業の形を作ってきた「つくろ米」プロジェクト。夢をイキイキと語る工藤さんの姿がとても印象的で、これからの展開にぜひ期待したい。

2024年の田植えに参加したメンバー達
炊きたてのごはんは「おいしい!」
2024年の稲刈り

*ぽかぽかワークス https://www.win-p.com/
(ボランティアスタッフを随時募集中/関心をお持ちの方はHPを確認の上、同団体に問い合わせを)