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「オーガニック給食」で子どもの感性をはぐくむ保育園、その想いとは

取材・文 松橋かなこ
  • SDGs

名古屋市の小学校では2021年7月に政令市で初めて「オーガニックバナナ」を導入し、オーガニック給食が一躍話題になった。食べることは生きることに直結していて、特に幼い子どもにとって、食べものの影響は大きいといえるだろう。

こうした状況のなか、「オーガニック給食」を実践する保育園「ことみのり園」が話題を集めている。このオーガニック給食は、どんな人たちがどのような想いで取り組んでいるのだろうか。

今回は、ことみのり園の園長である川瀬喜久子(かわせ・きくこ)さんと、副園長の川瀬由有希(かわせ・ゆうき)さんにお話を伺った。

オーガニック給食を通して「本物」に触れる

ことみのり園には、「本物に触れることで子どもたちが多くのことを吸収できる環境をつくりたい」という一貫した保育方針がある。

その保育方針の手段のひとつとして「オーガニック給食」がある。名古屋市内の認可保育園のなかでオーガニック給食を取り入れている唯一の保育園だ。

園のオーガニック給食では、野菜やお米などの食材はもちろん、調味料に至るまでオーガニックにこだわっている。冷凍食品は一切使わずに、おやつもできるだけ手作りしているという。

食材の仕入れから調理までの給食づくりを園長の喜久子さん自らが週4日担当し、残りの2日をほかのスタッフが担当している。給食のメニューで魚料理を提供する日は、朝から中央市場へ行き、天然物を中心に新鮮な魚を仕入れて調理を行う。

オーガニックという視点からだけでなく、魚をはじめすべて厳選した食材を使っているから驚きだ。「魚の骨を取る作業は一苦労ですが、みんなが残さず食べてくれるので嬉しいですね」と喜久子さん。

ことみのり園の献立表には、こう書かれている。「旬の魚の煮つけorソテー(魚の名前は先生に聞いてね)」。魚だけでなく、仕入れの状況により給食のメニューが変わることもある。献立表を眺めているだけでも、どんな給食が出てくるのか楽しみになりそうだ。

オーガニック給食への想いについて、喜久子さんはこう語る。

「『子どもだから』ではなく『子どもだからこそ』を心がけています。特に、子どもは嗅覚が優れていると感じています。できたての給食を運ぶと子どもたちの目が輝きますし、みんな夢中になって食べています。オーガニック給食を通して、嗅覚だけでなく五感が育ってくれたら嬉しいですね」

給食を食べる園児
麺料理などは漆器で提供することも
ハロウィンの日の特別メニュー

学習塾の運営から「保育園の開園」を決意

ことみのり園は認可外保育園「こと実のり保育園」として、2016年にスタートした。2021年に小規模認可園「ことみのり園」となり、保育事業を継続。現在は、0歳児から2歳児まで最大12名の園児の保育を行っている。

園長として活躍する喜久子さんは、もともと保育の仕事をしてきたわけではなかった。大学4年の夏に小規模の学習塾を設立し、結婚・出産・子育てをしながら、学習塾の運営に携わってきた経験を持つ。

長年に渡り、学習塾に通う子どもや大学生のアルバイト講師たちと接するなかで、ひとつの疑問が湧いてきたという。

「性格的に穏やかな子どもと、日常的にイライラしている子どもとの違いは何だろう。そこには、家庭での食事が大きく関わっているのではないだろうか」

そんな喜久子さん自身も、一児の母。産後1カ月で仕事に復帰し、同居する両親の協力を得ながら子育てと仕事の両輪を回してきた。

「自分が仕事をしていることでほかの家庭に引けを取らないようにしたい」。多忙な日常のなかで、特に食事には一貫したポリシーを持っていた。「家族の健やかさと笑顔が嬉しくて、食事はとにかく安全でおいしいものを求め、オーガニックの調味料や食材にこだわっていました」と喜久子さん。

自身の子育てを振り返ってみると、葛藤とともに駆け抜けた30代、40代だったという。そんな経験を重ね合わせたときに、こんな想いが湧いてきた。

「子どもの成長にはいろんな要素が関わっている。食事がすべてではないけれど、幼いときから食事を大切にすることで、見えてくることがあるかもしれない」

そう考えて「保育園」という言葉がふと頭に浮かんだ。それと同時に「私が保育園を始めるなら、オーガニック給食を取り入れたい」という想いが自然に沸いたという。

こうした流れのなかで、オーガニック給食を取り入れた保育園を始めることを決意した。

塾で学習指導を行う喜久子さん
園で給食を作る喜久子さん
目からも楽しめる「五色の彩りごはん」

「12人の孫を育てているような気持ちです」

ことみのり園は、今年で開園から8年目を迎えた。「どうすれば園の魅力や私たちの想いを届けたい人に届けられるのか。試行錯誤を重ねながら運営してきました」と喜久子さん。

ことみのり園の評判は口コミなどでもじわじわと広がり、最近では、園の保育方針に魅力を感じ、強く希望して入園する人も多いという。

ホームページに掲載されている保護者の声には「献立を見ていますと、子どもの栄養面のみならず母の精神面としても助かっています」など、オーガニック給食へ感謝の気持ちを綴った言葉がたくさん並んでいる。

それだけではなく「園の先生方が溢れる愛で真摯に寄り添ってくださった」「離れている時間も母子ともに安心していられた」などの食事以外に対するコメントも多い。

このことについて、喜久子さんはこう語る。

「立場は園長ですが、私自身は12人の孫を育てているような気持ちなんです。実際に、娘を育ててきたときと同じ愛情を注ぎながら、子どもたちを見守っています。ご家族と一緒にお子さんの成長を喜び合いたいと思っています」

遠足の日の給食も手作りで
卒園を祝う「おめでとう御膳」
御膳を嬉しそうに眺める園児

食や遊びを通して感性を発揮できる園でありたい

ことみのり園の運営には、喜久子さんの娘である由有希さんも副園長として関わっている。

由有希さんの専門は「アート鑑賞あそび」。園では「知育あそび」として、既存の知識にとらわれないオリジナル教材を使ったプログラムを行っている。知育あそびを通して目指しているのは「創造力」や「人の心を動かす力」を育むこと。

「型にはまった遊び型や特定の正解を求めたりはしないで、思いもよらない発見や遊び方をしてほしい」と由有希さん。きめ細かくのびやかな保育ができる環境づくりに、日々取り組んでいる。

ことみのり園では独自の活動を取り入れていて、毎週金曜日「お買い物」もユニークな試みだ。これは、園児たちと一緒に、自然食品店へ行き、自分たちが食べるものを自分で見て、購入するというものだ。小さな子たちが買い物に行く姿を見て、声をかけてくれる地域の方々も増えてきた。

過去には、自然食品店で偶然出会ったことがきっかけとなり、「園長の想いに共感した」「こんな雰囲気なら安心して子どもを預けられる」と入園を希望された方もいるという。

「『食べること』と『楽しく遊ぶこと』には、当園独自のこだわりがあります。一人ひとりの意欲を尊重して、感性をのびのびと発揮できる園でありたいですね」(喜久子さん)

おふたりの話を聞いていて、ふとオーガニックの語源を思い出した。

オーガニックと聞くと食事や食材をイメージしがちだが、本来の意味はもっと深いところにある。オーガニック(organic)語源は「オリジン(origin)」であり、“生命の”“根源的な”を意味する言葉だ。

オーガニックの語源を照らし合わせたとき、ことみのり園でオーガニック給食を取り入れる理由や「それぞれの個性を発揮できる環境を作っていきたい」という想いがぴったりと一致するように感じた。

昨今「オーガニック給食」が注目を集めているが、「(オーガニック給食を通して)どんな未来を実現していきたいのか」が語られないまま、言葉だけがひとり歩きしているように感じることもしばしばある。

オーガニック給食にはさまざまな魅力やメリットがあるが、どんな環境のなかで取り入れるかによって、その効用は大きく変わってくるだろう。ことみのり園の事例を参考に、オーガニック給食を取り入れる理由や目指す未来像についてぜひ考えてみてはいかがだろうか。

■小規模認可保育施設「ことみのり園」
https://kotominori.com/

副園長とアート鑑賞あそび
思いっきりお絵描きをする園児
毎週金曜日の「お買い物」