ENVIRONMENTALCOLUMN 環境情報を知りたい方/環境コラム

なごやの生物多様性守る2030年までの「実行計画」とは?

取材・文 関口威人
  • SDGs
  • 自然

脱炭素などの地球温暖化対策と並び、世界の環境問題の主要テーマとなっている生物多様性の保全。その名古屋市における地域的な行動計画「生物多様性なごや戦略実行計画2030」が、この秋にも正式に策定される。2010年に名古屋市で開催されたCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)から13年。新型コロナウイルス禍を経て、名古屋の私たち一人ひとりが地球の生き物を守るためにすべき行動とは何なのか。その中身をいち早くひもといてみたい。

■COP10からCOP15、そして2030年へ

 COP10は2010年10月に熱田区の名古屋国際会議場を主会場に開かれ、2020年までに世界各国が取り組むべき20の目標が「愛知ターゲット」として採択された。「陸地の17%、海の10%を保護する」ことや「傷ついた生態系を15%以上回復させよう」といった内容だったが、実際に10年経ってみて、完全に達成された目標は「ゼロ」だった。地球規模の生物多様性の減少には歯止めがかかっていないというのが、世界の共通認識だ。

 それを踏まえて15回目の国際会議、COP15が2020年からコロナ禍での延期や中断を挟んで開かれ、昨年12月に最終合意に到達。愛知ターゲットの次の国際目標として「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択された。

 COP15の開催都市であった中国・昆明市の都市名と、最終会合が開かれたカナダ・モントリオールの地名が冠されたこの枠組みには、2030年までに世界の陸域・海域の30%以上を保護することや、生態系保全の資金を官民で2000億ドル(約27兆円)確保することなど、愛知ターゲットより具体的で野心的な23の目標が盛り込まれた。これを受け、各国は生物多様性に関する国家戦略の練り直しに入り、日本政府も今年3月に「生物多様性国家戦略2023-2030」をまとめた。

 一方、名古屋市では、生物多様性に関する計画として2050年までの「生物多様性2050なごや戦略」をCOP10のあった2010年に策定。そのビジョンの下、環境分野の総合的な計画である環境基本計画で方針を定めて取り組みを進めてきたが、生物多様性に特化した中・短期的な計画は設けていなかった。

 そこで、新たな世界目標や国家戦略に合わせて2030年までの名古屋市の重点的、優先的な取り組み、そして具体的なロードマップ(行程表)などを定めようと始まったのが今回の実行計画の議論だ。

2010年に名古屋で開かれたCOP10で「愛知ターゲット」の採択の様子などを見守る参加者=筆者撮影
2022年12月にカナダ・モントリオールで開かれたCOP15の様子=名古屋市環境局提供
カナダ・モントリオールでのCOP15で発言する名古屋市の杉野みどり副市長=名古屋市環境局提供

■生物多様性はなぜ大切? 市民の意識は?

 実行計画案は2022年6月から設けられた有識者による市の懇談会で議論された。名古屋にゆかりのある環境分野の有識者をはじめ、大手企業や地元商店街、市民活動団体などの立場から12人の委員が参加。座長には日本福祉大学大学院国際社会開発研究科の千頭(ちかみ)聡特任教授が就き、活発な意見が交わされ、今年4月28日に開かれた4回目の懇談会で最終案がまとめられた。

 計画案は7章構成で、1章に計画の趣旨や位置付け、2章に「なぜ生物多様性が大切なのか」が記載されている。生物多様性は文字通り多様な生き物による支え合いであり、人間も食料や水、気候の安定など生物多様性がもたらす恵み、すなわち「生態系サービス」がなければ暮らしが成り立たないと説明。特に名古屋においては、絶滅危惧種が2020年までの5年間で24種増え、生き物のすみかとなる緑被地面積も年々減少。食料自給率は1%未満(2020年度、カロリーベース)であるなどの深刻な状況が示されている。

 そして3、4章で冒頭に触れたような計画策定の背景と、名古屋市におけるCOP10以降の取り組みがまとめられている。

 今回の計画では特に、行政と市民、事業者、市民団体などの多様な主体が役割分担をしながら、連携して取り組みを進めることがポイントだという。その前提となる「市民の意識」として、2022年度に行われた環境対策に関する市民アンケートを引き、生物多様性のために市民が行政に求めることは「自然環境の保全」がメインである一方、市民自身が取り組みたいことは買い物などを通じた「日常生活の中でできること」であると分析。これらを踏まえ、第5章以降で具体的な行動や連携の形を浮かび上がらせている。

「生物多様性なごや戦略実行計画策定に係る懇談会」で議論する委員ら=2023年4月28日、筆者撮影
計画案で引用されている環境対策に関する市民アンケート。市民が行政に求める生物多様性の取り組みは自然環境の保全に関することが中心=名古屋市環境局提供
一方、市民が生物多様性のために取り組みたい行動は、地元産の農産物の購入など「日常生活の中でできること」が大半だ=名古屋市環境局提供

■4つの重点方針に沿ってロードマップ提示

 計画案では2030年までに取り組む重点方針として以下の4点が打ち出されている。

 ・重点方針1「生物多様性に配慮したまちづくりの推進」
 ・重点方針2「社会変革につながる取り組みの促進」
 ・重点方針3「自然と共生する人づくり」
 ・重点方針4「生物多様性保全の拠点・ネットワークの強化」

 例えば重点方針1は、市街化区域が93%という名古屋市特有の状況を考慮し、「都市ならでは」の生物多様性に配慮したまちづくりを推進する取り組みだ。

 COP15で決まった国際枠組みでは、これまでの保護地域に加えて公園や企業緑地など、保護地域以外の重要な場所の保全も重視されている。これを名古屋で当てはめれば、市内に残された貴重な自然としての緑や農地の保全はもちろん、名古屋港の藤前干潟や街なかでの水辺空間の創出なども重要となってくる。

 こうした視点から、市民は「身近な自然の調査・保全活動などへの参画」「自宅などでの緑の創出や生物多様性に配慮した緑化の実施」「市民農園などの利用」を、市民団体は「侵略的外来種の積極的な防除の実施」などを、事業者は「開発時における生物多様性への配慮の実施」などを、そして教育機関は「身近な自然を活用した学習の展開」などに取り組むことが求められる。

 また、それらを2030年まで着実に進めるためのロードマップは前期(2023と2024年度)、中期(2025〜2027年度)、後期(2028〜2030年)に分けて整理。例えば身近な生き物の定点・定時調査は「調査方法などの検討」を前期に、「調査の実施」を中・後期に、「調査に基づく劣化場所の把握、劣化場所の保全」は中期の後半からとするようなロードマップが表形式で示されている。

 さらに第6章では、重点方針の達成度合を測るための指標と目標値を設定。市内の自然状況や市民意識、活動状況などを把握するための「状況把握項目」も設定して、定期的に比較・分析などを行えるようになっている。実施状況や主要な指標は市の公式サイトで年度ごとに公表され、主な取り組みは「名古屋市環境白書」でも公表されていくという。

実行計画案で打ち出された4つの重点方針。COP15などで議論された世界の動きと名古屋特有の状況を踏まえている=筆者撮影
実行計画案の表紙は2009年に先行してまとめられた「生物多様性2050なごや戦略」と同じイラストを使い、関連性があることを表している。まだ正式策定版ではないため「令和5年×月」とされている=筆者撮影

■市民の身近な行動も例示、さまざまな形で活用を

 ここまでは正直、やや形式ばった記述で、一般の人が読み込むことは難しいかもしれない。それを意識して、最終の第7章は「生物多様性のために私たちができること」をできるだけ読みやすく、具体的に示そうと工夫されている。

 市民の「できること」の一つは「買い物にこだわる」こと。地元のものをできるだけ選んで買ったり、環境・社会に配慮したものを選んで買ったりする行動をイラストとともに表現。その行動によって「環境などに配慮した商品が売れ、企業がさらに商品を取り扱うようになり、産地の環境などへの配慮が進む」という結果も示され、市民が行動に移しやすい内容となっている。

 さらに読み物形式のコラムでは、名古屋市内各地で行われている「都市養蜂」や、さまざまな種類のエコラベルなどの身近な例を紹介。都市養蜂でできたハチミツが買える各団体のホームページなどにつながるQRコードや、エコラベルの使われている商品例なども添えられ、市民に実際の暮らしの中で活用してもらおうという狙いだ。

 計画案をまとめた座長の千頭特任教授は「自治体がこれほど生物多様性について単独でまとめた計画は他にないだろう。しかも最先端の情報を反映してレベルの高いものになっている」と評価。その上で「大事なのはこれから市民や企業にどう働きかけ、実行してもらえるか。イベントなども含めてさまざまな形でこの計画の内容を紹介して、息の長い取り組みにつながっていってほしい」と期待を込めた。

 今後は7月下旬から8月にかけて市民のパブリックコメントを募集。その意見を反映して10月ごろに策定される予定だ。ぜひ市民の一員として、地球の「生き物」の一員として意見をしてみてはいかがだろうか。

南区の笠寺商店街で行われている養蜂。まちづくりや環境教育に貢献している=2021年、筆者撮影
天白区のなごや生物多様性センター内にあるビオトープ。鳥や虫、草花のオアシスになっている=2023年5月、筆者撮影
なごや生物多様性センターのビオトープは2022年3月に整備されて以来、どんどん生態系が豊かになってきているという=2023年5月、筆者撮影