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若手エンジニアによる事業「シェア冷蔵庫」でフードロス削減を目指す

取材・文 松橋佳奈子
  • SDGs

世界的な課題となっている、フードロス問題。SDGsの目標として掲げられ、国内外でさまざまな取り組みが行われている。こうした状況のなか、今注目を集めているのが愛知県の若手エンジニアたちが立ち上げた「どんぐりピット合同会社」である。メイン事業「シェア冷蔵庫」を通して、企業や行政を巻き込みながらフードロス削減に積極的に取り組んでいる。

どんぐりピットの活動はどのようにスタートし、シェア冷蔵庫はどのように展開してきたのだろうか。また、今後に向けてどんな展望を抱いているのだろうか。今回は、どんぐりピットのCMOである瓦口翔馬(かわらぐち・しょうま)さんにお話を伺った。(取材・文 松橋かなこ)

(写真0)どんぐりピットの活動メンバーとして、左から瓦口さん、青木さん、鶴田さん、石渡さん

活動を始めたきっかけ

どんぐりピットは、大手自動車メーカ―で働く20代のエンジニア4名が中心となり、2020年7月に設立した団体である。起業のきっかけは、メンバー各自が本業を通していろいろな社会課題に直面していたということ。その課題のひとつが「食」だった。特にフードロスの現状に対しては、やりきれない気持ちを感じるとともに「どうしたら解決できるのか」を真剣に考えていた。

フードロスの課題解決に取り組むにあたっては、幼少期や学生時代の経験も影響している。どんぐりピットの代表である鶴田彩乃(つるた・あやの)さんは、農家の家系で育った。子どもの頃から捨てられている野菜を見て育ち「もったいない」という想いを持っていたという。

また、瓦口さんが大学時代に飲食店でアルバイトをしていた経験も大きく関わっている。そこには余った食材を上手に利用してお客さまに提供するという仕組みがあった。さらに、活動を始める直前はひとり暮らしで食事に困っているメンバーも多かった。「隣のお母さんが作ったカレーが食べたい」「そんな仕組みがあるといいな」と感じることもあったという。どんぐりピットの核になっているサービス「シェア冷蔵庫」はこうした体験からごく自然に生まれたものだった。

(写真1)

食を地域で分かち合う「シェア冷蔵庫」とは

どんぐりピットの中心を担う事業が、シェア冷蔵庫である。農家さんの規格外野菜や地域で生産された食品を同じ地域で気軽に売買できるというものであり、地産地消での連鎖によるフードロス削減を目指している。シェア冷蔵庫では、サイズや傷などの出荷規定を設けていない。なぜなら、規格を設けることによって、フードロス削減の効果が薄れてしまうと考えたからだ。この事業を始めて、1年半が経つ。

現在開発中のシェア冷蔵庫は、スマートロックが付いていて、キャッシュレス決済ができる仕様になっている。会員制のサービスであり、安心して利用できるように工夫が凝らされている。

2022年12月時点で運用しているのは2台で、リピーターの利用が多いという。最初のシェア冷蔵庫は、エンジニアであるメンバー自身が設計・改造したものだった。日進市からスタートしたシェア冷蔵庫の取り組みは徐々に広がっている。名古屋市をはじめ愛知県各地へとつながりが拡大しつつあり、今後の導入に向けて相談中の自治体もある。

また、2022年10月には神奈川県が主催する「ビジネスアクセラレーターかながわ(BAK:バク)」において、シェア冷蔵庫のサービスが採択された。これは神奈川県内企業とベンチャー企業間の事業連携プロジェクトを目指すオープンイノベーションプログラムとして開催されたもので、計190件のなかから選ばれた。

この採択を受けて神奈川県の江ノ電沿線の駅にシェア冷蔵庫を設置することになり、関東への初進出に向けて準備を進めている。シェア冷蔵庫が設置されることで、地域住民の行動がどのように変わっていくのだろうか。その動向をしっかりと見守り、検証を重ねていく方針だ。当面の間は、神奈川県と愛知県の2つのエリアを中心に事業を展開していきたいと瓦口さんは話す。

写真2:規格外のサイズ・形状であるが、通常のものと味は変わらない野菜たち
写真3:シェア冷蔵庫を利用する様子
写真4:シェア冷蔵庫で販売している、規格外野菜を乾燥させた野菜チップス
写真5:江ノ島電鉄株式会社の担当者との集合写真

瓦口さんに聞く、どんぐりピットの起業から現在、そして未来

どんぐりピットという名前の由来は、なんと縄文時代までさかのぼる。農耕民族である日本人は、集落に穴を掘り、そこにどんぐりや木の実などの食物を保存してみんなで食べていた。その穴の名前は、「どんぐり貯蔵穴」。英語で穴は「ピット」と呼ばれることから、屋号を「どんぐりピット」と名付けた。現代のニーズや社会の動向に合った「新しいおすそわけサービス」と位置付けている。

熱い想いを胸にスタートした、どんぐりピットの活動。では、どんぐりピットの起業から現在までの道のりはどのようなものだったのだろうか。その歩みとともに、今後の展望について瓦口さんにお話を伺った。

写真6:メンバー自らが畑を訪れて、農家さんと会話をする

設立当時から「活動の意義を強く感じていた」

瓦口さんは設立当時のことをこう振り返る。

写真7:利用者に対して、シェア冷蔵庫の使い方を説明

――20代半ばで起業されたのですね。

本業で忙しい時期でしたが「忙しいからやらない」という選択肢はありませんでした。なぜなら、アイデアの段階から、活動の意義を強く感じていたからです。設立当時のメンバーとは「お客さまのニーズを検証してから継続するかどうかを判断しよう」と決めていました。当初は、資金やリソースがほとんどありませんでした。だからこそ、どうしたらいいかをメンバーと一緒に相談し、創意工夫を重ねました。

写真8:テレビなどマスコミにも多数出演している

――コロナ禍での起業に戸惑いはありませんでしたか。

コロナ禍での起業は、向かい風であり追い風だったと感じています。たとえば、シェア冷蔵庫を設置すると人が集まってきました。コロナ禍で地域のつながりが薄れていたからこそ、冷蔵庫を通じて生まれる会話やつながりはとても貴重なものでした。

写真9:シェア冷蔵庫の周知に向けて、ブースを出展することもある

現場のニーズを聞き、つながりを作るなかで生まれた「シェア冷蔵庫」

どんぐりピットのメイン事業である「シェア冷蔵庫」。この事業はどのようにして生まれたのだろうか。

――どんぐりピット設立後、最初はどんな活動から始めましたか。

実際に農家さんを訪ねて「困ったことはありませんか」と尋ね、悩みを聞き出すことから始めました。フードロスの問題は意識していましたが、最初からその話題に触れても対応してもらえないのではと考えたからです。朝4時頃から畑を訪ねていたので、警察から職務質問を受けたこともありました(笑)。

定期的に通ううちに農家さんとの距離が縮まり、あるとき「規格外で市場に出せない野菜があり困っている」という話になりました。しかし、私たちが「代わりに売りましょうか」と提案しても、農家の人たちは喜んではくれませんでした。「規格外のものを売るなんて」というプロとしてのこだわりがあったからです。

――そこから、どのようにして農家さんと分かち合い、事業を展開していったのでしょうか。

農家さんに納得してもらうため、実証実験を行いました。まず、農家さんから市場に出せない野菜を購入し、高齢者が多く暮らす団地や「買い物難民」になっている人たちに向けて販売を始めました。これは、買い物で困っている人たちにとっては、貴重なサービスだったようです。何度か通う頃には、私たちが来るのを待っている人もいました。

実際に、農家さんたちがその様子を見学に来て「すごいな」と言いながら帰っていくこともありました。規格外だから安く売るのではなく、付加価値を乗せて通常のものと同じくらいの価格で販売したのも、成功のポイントだったのではないかと感じています。

――この体験から現場のニーズを把握し、人と人のつながりを作った上で、シェア冷蔵庫の開発に進んだのでしょうか。

その通りです。自分たちがこの場所で築いたことをモノとして成立させたい。それが形になったものが、どんぐりピットのメイン事業である「シェア冷蔵庫」です。たくさんの方のご理解とご協力により、多岐にわたる開発と検証を継続することができました。

――どんぐりピットの活動をしていて、どんな時にやりがいを感じますか。

「誰かに支えてもらっている」ということが、大きなモチベーションになっています。企業や行政を含めて多くの人たちに必要とされている事業だからこそ「早く実現させたい」「期待に応えたい」という想いを常に持っています。

最近はメディアなどで紹介していただける機会が増えました。より多くの人たちと接する経験が、メンバー全員の自信と責任感につながっています。

シェア冷蔵庫の取り組みを拡大し、地域の課題解決に貢献したい

最後に、瓦口さんの今後の展望とは。

――今後どのように活動を展開していきたいですか。

まずはシェア冷蔵庫サービスの設置拡大と機能の拡張を実現したいと考えています。これまではお客さま視点でのものづくりに注力してきましたが、現在は設置拡大に向けた量産体制を構築しています。より多くの方に使っていただけけるよう、サービスの作り込みを進めています。

――最後に、読者に対して、メッセージを一言お願いします。

シェア冷蔵庫で巡り合う、食を通じた地域のつながりと魅力を再発見していただけたら嬉しいです。コロナ渦の影響もあり、地域とのつながりが希薄になりつつあります。そんな今だからこそ、地域をよりリアルに感じる温かみのあるサービスが、暮らしやすさにつながると考えています。

来年度は、名古屋市内の施設にもシェア冷蔵庫が設置される予定です。この記事の読者の皆さんにもぜひ利用していただきたいです。

取材を終えて

シェア冷蔵庫などの事業を通して、フードロス削減とともに地産地消に取り組むどんぐりピット。現場に足を運んで現場の声を聞き、そこから次の一歩を考えるという姿勢がとても印象的だった。

どんぐりピットの活動から生まれるものは、フードロス削減などの社会課題の解決だけでなく、人と人とのつながりなど人々の内面に関わる部分も大きいだろう。だからこそ、多くの人の共感を得ながら事業が展開されているのだと感じた。

昨今、フードロスは世界規模での課題となっている。この大きな課題に対して、私たちはどう対応していけばよいのだろうか。若手エンジニアが推進する愛知県発の取り組みに期待するとともに、自分自身にできることを考えてみたい。

どんぐりピット合同会社
〒453-6190 愛知県名古屋市中村区平池町4-60-12
Mail : info@donguripit.co.jp