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森林問題と都市のまちづくりがつながる 〜錦二丁目・都市の木質化への挑戦〜

取材・文 浜口 美穂
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環境の維持は都市単独ではできないと、中山間地の森林組合と連携し「都市の木質化」に取り組んでいるのは「錦二丁目まちづくり協議会」。長者町と呼ばれる錦二丁目は、東西を本町通と伏見通、南北を錦通と桜通に囲まれた碁盤の目状の16街区からなるエリア。かつては長者町繊維問屋街を中心に繊維流通の拠点として栄えてきた。繊維業の衰退によりその役割を終えようとする中、新しいまちの将来像を模索している。

住民を巻き込み、2011年4月には「これからの錦二丁目長者町まちづくり構想2011−2030」(マスタープラン)を策定。プランに基づき動き始めた活動の一つが都市の木質化プロジェクトである。

まちづくり黎明期

木質化プロジェクトの内容に触れる前に、まずは錦二丁目まちづくり協議会(旧:錦二丁目まちづくり連絡協議会/以下、協議会)の歩みについて紹介しよう。

協議会が立ち上がったのは2002年(正式発足は2004年3月)。そのきっかけは、2000年の名古屋長者町織物協同組合(現:名古屋長者町協同組合/以下、協同組合)の50周年記念イベントだった。学生と各商店がペアになり取り組んだシャッターペイントは今でも休日のまちを彩り、2代目・3代目の若者を中心に企画したイベントは、今も続く「長者町ゑびす祭り」(毎年11月開催)として続いている。

また、協同組合メンバーの発意で有限会社「長者町街づくりカンパニー」を設立し、空きビルを借りて改修、「長者町ゑびすビル」と名付けて、格安でテナントを募った。アートギャラリー、インテリアショップ、カフェ、パン屋など、これまで見られなかった業種が出店し、アーティストや建築家など、多様な専門家との交流も生まれた。その後、ゑびすビルは3棟まで増えている。

このような機運が高まる中で、まちづくりと一体となった再開発事業の計画も持ち上がり、2002年から協議会の設立準備が始まった。ワークショップや視察を重ねるうち、NPO法人「まちの縁側育み隊」(以下、育み隊)の代表・延藤安弘さんと出会い、2005年から育み隊によるワークショップ「まちのデザイン塾」を開催。そのプログラムの中で、「まちづくり憲章」をつくった。

特筆すべきは、住民のどんなまちにしたいかという想いを短歌で表現したところ。錦二丁目には短歌会館もあることから、この文化的伝統を生かし、規範を情緒的に表現した憲章となった。ワークショップと住民からの応募で168首の短歌が集まり、そのすべてがポスターサイズ(A2)の憲章に書き込まれている。9つの柱(目標)も短歌で表し、「果てしなく未知への進化遂げる街 錦の光世界へ照らす」の句が全体を束ねている。

今でも休日に見られるシャッターペイント
2017年の長者町ゑびす祭り(長者町ゑびす祭りFacebookより)
住民のまちへの想いが込められた短歌によるまちづくり憲章(持っているのは、まちづくり専門家として協議会に関わる藤森幹人さん(「公共空間デザインプロジェクト長」)

小さな活動を積み重ねるマスタープラン

育み隊を中心に名古屋大学大学院環境学研究科・都市計画研究室(当時:村山顕人准教授)などの専門家も加わって、2008年からはまちづくり構想づくりが始まる。子どもの視点も入れようと企画した「子どもまちタンケン布絵ワークショップ」や、まちの歴史や暮らしを入れ込んだ「長者町カルタづくり」などを経て、3年掛かりで策定した『これからの錦二丁目長者町まちづくり構想2011−2030』(マスタープラン)の特徴は、アクション・オリエンテッド・プランニングであること。小さな多様なアクション(活動)を起こしつつ軌道修正し、具体的なアクション(事業)を積み上げていく進め方だという。ポイントはゴールではなく、そこまでのプロセスにあり、そのステップは「1人から始まるまちづくり方程式」と名付けられている(下写真参照)。

このソフト面のまちづくりを盛り込んだマスタープランが完成する頃から、まちづくり協議会を若い世代が牽引するようになり、名古屋長者町協同組合との協力体制も確立されていった。また、2010年に愛知県が始めた現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ」の会場の一つになった長者町は、アートの展示空間として取り壊し前のビルや空間を貸し出し、アーティストとの交流も盛んになっていく。

マスタープランの表紙
七福神ならぬ八福神に見立てた目標を縦軸に、方程式の段階を横軸に置いて表された「1人から始まるまちづくり方程式」。マスタープランのもう一つの特徴は、各頁の脇に住民に向けた要約が書かれていること。住民に読んでもらい共有するための工夫である

低炭素まちづくりとして包括

2011年4月に策定したマスタープランを具現化するためにいくつかのプロジェクトが活動を始めた。今に続くプロジェクトは4つ。「公共空間デザイン」「都市の木質化」「長者町家」「自然エネルギー利活用」プロジェクト(右図参照)。

2014年からそれぞれの活動を「低炭素まちづくり」の観点で包括する動きがあり、2015年には名古屋市の「低炭素モデル地区事業」に認定されている。モデル地区は2030年までにCO2の排出を25%削減することを目標にするが、これもマスタープランに基づくこれまでの活動の延長線上にある。モデル地区認定に伴って協議会内に設置した低炭素地区会議では、学習会(なごや環境大学共育講座として「錦二丁目環境アカデミー」を企画運営)や他都市視察、情報発信などを行っている。

2年目となる2017年度の錦二丁目環境アカデミーは、「低炭素まちづくりの知識創造 スパイラルアップ学習会」。写真は、2018年2月2日の「都市の木質化で新しい都市文化をつくる」

分野を超えたつながりのもとで

マスタープランに都市の木質化プロジェクトが位置づけられたのは、すでに2009年から活動を始めていた名古屋大学の「都市の木質化プロジェクト」との連携があったから。名古屋大学大学院生命農学研究科・生物材料工学研究室の佐々木康寿教授、山崎真理子准教授をはじめとする研究者、豊田森林組合など木材供給側の実践者、建築・木材などの専門家、行政も加わり、2011年2月にワークショップを開催。まちを歩き、建物を見学し、木材を活用したまちのリノベーションプランを出し合った。これが、協議会の「都市の木質化プロジェクト」のキックオフと言えるだろう。そして現在も、分野を超えたつながりを深めながら、「都市の木質化」についての学習・情報交換を積み重ね、活動を進めている。そのコンセプトを紹介しよう。

2000年の東海豪雨をはじめ昨今の豪雨災害によって表面化したのは、森林の問題、中でも人工林* の間伐遅れが土砂崩れの誘発や森林の保水機能の低下をもたらしたのではないかという問題だ。他にも森林には大気中の二酸化炭素を固定したり、気候変動を緩和したり、多くの動植物のすみかになるなど、多くの公益的機能を持つ。水源地でもある森林の荒廃は、都市の環境にとっても大きな問題となるのだ。

森林を健全な状態に保つためには、適度な間伐などの管理が必要だが、材価の低迷や担い手不足により、森林の荒廃は進んでいるのが現状だ。では、都市には何ができるのか。都市の木質化プロジェクトでは、木材をまちなかで積極的に利用することで、山に資金をもたらし、適切な森林管理を応援しようと活動する。

木材は、樹木の時に吸収・固定した炭素でできているため、燃やされるまで炭素を蓄積していることになる。都市の木質化は都市の森林づくりとも言える。また、規制緩和が進み木材の高層建築への採用が広く可能になった現況を啓蒙し、都心での利用拡大を目論んでいる。木材はコンクリート鉄骨材料と比較して製造・輸送・施工時のCO2排出量が大幅に少ないので、低炭素化にも貢献しようというのだ。いわば、木でつくる潤いある都市生活空間と地球環境への投資の両立である。

* 愛知県の人工林:愛知県の森林面積は県土の42%を占める。そのうち64%がスギやヒノキの人工林。この人工林率は全国3位である。

まちなかで循環する木材

現在、協議会の都市の木質化プロジェクト長を務めるのは船橋浩三さん。錦二丁目で100年以上続く足袋専門店の若き経営者で、協議会の創立メンバーでもある。船橋さんに具体的な活動について話を伺った。

木質化の第1号はストリートウッドデッキ。2012年8月開催の「真夏の長者町大縁会」では会場となった駐車場に設置、11月の「長者町ゑびす祭り」では通行止めになった道路に設置した。イベント終了後は名古屋センタービル敷地内に3基設置し、憩いの場所とした。その後、諸事情により撤去。現在、同じ場所に設置されているウッドデッキは2代目である。

2014年9月から2015年2月まで、協議会の公共空間デザインプロジェクトが地元町内会や協同組合と協働でウッドデッキによる歩道拡幅の社会実験を実施した。アンケートでは賛否両論。「景観が良いので続けてほしい」という意見もあれば、「車が置きづらい」「商売の邪魔」などの反対意見もあった。「問題点と利点をあぶり出し、住民に認識されたことで社会実験としての役割を果たしたと言えると思います」と船橋さんは話す。

木材の利用拡大の方策を求めて愛知県農林水産部農林基盤局林務課の職員が協議会に顔を出すようになったのは、その頃のこと。ちょうど2015年秋に愛・地球博記念公園(モリコロパーク)で「全国都市緑化あいちフェア」が控えていた。そこで、フェアの休憩施設などに社会実験で使った木材を利用。さらにフェア終了後は、その一部を名古屋センタービルの2代目ストリートウッドデッキとして戻したのだ。

都市の木質化プロジェクト長の船橋浩三さん
ウッドデッキによる歩道拡幅社会実験(写真提供:藤森幹人さん)
帰ってきた木材で2代目ストリートウッドデッキを制作(都市の木質化プロジェクトFacebookより)

あいちトリエンナーレと連携した木質化

前述したように、初回のあいちトリエンナーレ2010から会場の一つになった長者町。それに合わせて都市の木質化を実施した。2013年の際は、簡単に移動できるコンパクトな「おもてなしベンチ」を制作。2016年は県林務課・協議会・名古屋大学の協働で、歩道に「公共空間ベンチ」を10カ所、コンパクトな「おもてなしベンチ」を5カ所、20メートル以上の「長いベンチ」を2カ所に設置した。

その他、トリエンナーレ長者町会場のインフォメーションセンターを木質化。県内産スギ材を使った水舟や、駐車場には木の犬矢来(いぬやらい)を設置した(写真参照)。また、若手アーティストの作品を展示するギャラリー「都市木ギャラリー」を県内産ヒノキで制作し、ビルのショーウィンドウ等に設置。これは今でも一部が機能しているという。

ウッドベンチは、2016年度中は県の管理責任で設置できたが、継続的に設置するためには協議会が市に許可を得なくてはならなかった。そこで、錦二丁目の各町内会と協定書を交わし、責任・管理区分を明確にするなどの苦労の末、任意団体として初めて公道にベンチを設置することができたのだ。

2017年は、2つの店舗から依頼があり、飲食店の屋上テラスや繊維問屋のエントランスを木質化。木質化は公共空間から商業空間にも波及することになった。活動は、実際の木質化だけにとどまらない。ゑびす祭りでは、県や豊田森林組合、旭木の駅プロジェクト* と協働し、薪割り体験や木を使ったワークショップを実施。豊田の中山間地で森の健康診断** や山菜摘みツアーに参加するなど、木と親しみ、中山間地との交流を進めている。

現在も設置されている公共空間ベンチ
木質化した長者町会場のインフォメーションセンター(錦二丁目低炭素地区まちづくりプロジェクトウェブサイトより)
舟には水を張り、来場者が足をつけて休憩できるようにした。その後、11月のゑびす祭りでは、舟の中に木のキューブを入れて子どもたちが遊べるようにし、好評だったという(錦二丁目低炭素地区まちづくりプロジェクトウェブサイトより)
アスファルトとコンクリートの壁に囲まれた無機質な駐車場に木の犬矢来を設置(錦二丁目低炭素地区まちづくりプロジェクトウェブサイトより)

スペインバル・ハヤシの屋上テラスを木質化。材料費はオーナーが負担し、地元の建築家が設計、プロジェクトメンバーが汗を流した(都市の木質化プロジェクトFacebookより)
長者町ゑびす祭りで毎年行われる薪割り体験は人気(長者町ゑびす祭りウェブサイトより)
豊田市旭地区で森の健康診断(都市の木質化プロジェクトFacebookより)

新しい文化の発信拠点として

錦二丁目では、2021年度に向けて大型複合ビル建設の再開発事業が始まる。超高層マンションと店舗が入る低層棟が予定されており、この中に、町内会が母体となった新会社が運営するエリアマネジメント活動拠点も入る予定だ。この再開発と木質化がどれだけ連動できるかがこれからの課題である。

また最近、錦二丁目には木材の流通事業者である矢橋林業(株)の名古屋ショールームや飛騨五木(株)のカフェが相次いで出店。今後はこれら流通事業者と連携することも課題の一つとなる。

「今までは繊維流通の拠点を担ってきましたが、残念ながらその役割を終えようとしています。これからは、都心居住の新しいスタイルを生み出し発信する地域になる気がします。木質化は長い目で見れば環境問題の解決にもつながりますが、身近な木質化は健康や情緒面にもいい影響を与え、生活環境の質が向上します。その木質化に先進的に取り組む地域となれば、ゆくゆくはそれが地域の文化的な資産になっていくでしょう」

今の一番の目的は、錦二丁目から都市の木質化を波及していくことと船橋さんは話す。これからも錦二丁目には多様な人が集まってくるだろう。人が集まれば知恵も集まる。マスタープランにも位置づけられているように、楽しみながら小さな動きを重ねていけば、コミュニティーも形成され、それはやがて地域の新しい資産になっていくはずだ。

2018年2月2日開催の錦二丁目環境アカデミー「都市の木質化で新しい都市文化をつくる」では、再開発ビルをテーマに木質化プランを出し合うワークショップも行った
2018年2月2日開催の錦二丁目環境アカデミー「都市の木質化で新しい都市文化をつくる」では、再開発ビルをテーマに木質化プランを出し合うワークショップも行った