ENVIRONMENTALCOLUMN 環境情報を知りたい方/環境コラム

なごやの農業と地産地消の取り組み

取材・文 浜口 美穂

226万人都市、なごや。市域のほとんどが市街化され、コンクリートとアスファルトで被われた街。そんななごやの農業といわれてもピンとこないかもしれない。しかし、北陸地方へも出荷されるほどの一大産地である中川区のミツバ、木曽川から引いた用水を利用しているので上質と評判の港区南陽地区の米など、名古屋ブランドの農産物もあり、それを支える地産地消の取り組みも進められている。
今回は、意外と知られていない、なごやの農業と地産地消の取り組みを紹介しよう。

<なごやの農業> なごやの農業の現状

都市化の進展とともに農地は激減し、近年では、年々50ha、鶴舞公園2個分の農地が減少し続けている。現在の農地面積は市域の約4.7%だ。農家はこの10年で20%減少して約4千戸、農業人口は27%減少して約1万5千人になってしまった(2008年度)。

日本の食料自給率(カロリーベース)は40%(2009年度)、愛知県は13%(2008年度概算値)、名古屋市はわずか1%(2008年度)だ。「都市だから自給率が低いのは当然。郊外で作ったものを運べばいい」と思う人もいるだろう。でも、遠くから運べば運ぶほど輸送エネルギーを消費し、環境に負荷をかけることになる。それに、農地は、緑地としてヒートアイランド現象* を緩和したり、多様な生きもののすみかになるほか、子どもたちの農や食への関心を高める場になるなど、様々な役割を持っている。都市だから、一大消費地だからこそ、農がもたらす様々な恵みを必要としているのかもしれない。

* ヒートアイランド現象:郊外に比べて都市部が島状に高温になる現象。

名東区の猪高緑地にある田んぼには、タモロコ・ドジョウ・ヌマガエル・アカガエルなど、今では希少な生きものが生息している

<なごやの農業> がんばるなごやの農産物

そんな中でもがんばっているなごやの野菜を紹介しよう。なごやの野菜生産量のトップ3は、1.タマネギ 2.トマト 3.キャベツ。特産物として、港区南陽地区の米や中川区のミツバ、緑区大高地区のブロッコリー、天白区の梅、守山区・緑区のブドウなどがある。

港区南陽地区には約300haの田んぼが広がる。この田んぼに引かれている宮田用水は、木曽川を水源としているため上質な米がとれると評判だ。また、JAなごやで販売しているブランド米「陽娘(ひなたむすめ)」は、コシヒカリ、あいちのかおりの2品種あり、減農薬・減化学肥料で栽培されている。

中川区のミツバは、1971年に全国でもいち早く水耕栽培に取り組んだパイオニア。病気に悩まされたり、温度管理に苦労するなど、試行錯誤の末に技術を確立し、今では北陸地方などへ出荷されるほどになった。

水耕ミツバの温度管理の難しい夏場の代替野菜としてハウスで栽培が始まったのが水耕ネギ。名古屋ブランド「なごやっこ葱(ねぎ)」として生産に力を入れている。害虫の侵入を防ぐ防虫ネットをハウスの周りに取り付けたり、定植パネルをお湯で消毒するなどして、できるだけ農薬の使用を減らす努力もしているという。

水耕ミツバ・ネギの生産者の鈴木聖一さんは、「水耕栽培は露地栽培より早く成長するので、ミツバもネギも柔らかくて匂いが少ない。どちらも小学校の給食に取り入れられていますが、子どもたちには食べやすいと思うので、たくさん食べてほしいですね」と話す。

ブロッコリーは、高台にある緑区大高地区の立地が栽培に適していること、健康ブームにより緑黄色野菜が注目されるようになったことから、1970年頃に本格的に導入され、今では大高の特産物になっている。これも農薬や化学肥料を減らし、付加価値を高めているとか。名古屋市内のスーパーやレストラン、小学校の給食から排出される生ごみを利用した堆肥で育てる「おかえりやさい」プロジェクト* にも参加。2008年から「おかえりやさい」として一部スーパーなどで販売するほか、学校給食にも使われている。

* おかえりやさいプロジェクト:なごや環境大学の「循環型社会推進チーム」が取り組むプロジェクトのひとつ。JAなごや大高支店で扱うブロッコリーのほか、タマネギも「おかえりやさい」として学校給食などに使われている。

「陽娘」
水耕ミツバと生産者の鈴木聖一さん
水耕ミツバと生産者の鈴木聖一さん
「おかえりやさい」のブロッコリー

守山区のブドウ園

<なごやの農業> 歴史ある伝統野菜

なごやの農業を知るために、伝統野菜にもふれておこう。

「あいちの伝統野菜」* というのをご存じだろうか。「今から50年前には栽培されていたもの」「今でも種や苗があるもの」など4つの定義に基づき選定。35品種あるうち、なごやで栽培されている伝統野菜は3品種だ。

一番古く伝統ある野菜が「大高菜」。緑区大高地区で江戸時代から栽培されている漬菜(つけな)の一種で、江戸時代末期のこの地方の名勝や名産などを描いた尾張名所図会にも登場するそうだ。現在は家庭菜園で栽培される程度で、種子のみ販売されている。

次に古いのが「八事五寸ニンジン」。天白区で大正時代から栽培され、昭和初期には東京や大阪の市場をはじめ香港にも輸出されていたとか。色が濃く、甘みが強いニンジンだ。区内の直売所で販売しているほか、八事商店街では平成19年(2007)からJA天白とタイアップし、八事五寸ニンジンを使ったドレッシングやジャムなどを独自にプロデュースして、地域おこしにもつなげている**。

そして、もう一つの伝統野菜が「愛知大晩生キャベツ」。昭和20年代後半から栽培されていて、今では農家が少しだけ市場に出している程度(個選)で、一般には流通していない。

また、名古屋市内では栽培されていないが、あいちの伝統野菜に入っている「野崎白菜2号」は、大正5年(1916)に中川区の農場で開発されたもの。遡ること明治28年(1895)には、この農場で中国原産の種から、日本で初めて完全な結球白菜が開発されている。つまりなごやは現在出回っている白菜の発祥の地ともいえるのだ。

ついでに野菜ではないが、全国的に有名な名古屋コーチン*** の誕生は明治時代。戦後は絶滅寸前だったが、昭和47年(1972)から名古屋市農業センターが復活に取り組み、地元ブランドとして普及させたもの。

このように、なごやの農業には伝統があり、数々の名産品を生み出してきたのだ。

* あいちの伝統野菜:http://www.pref.aichi.jp/engei/dentoyasai/
** 八事商店街の八事ブランド:http://www.yagoto.net/yagotobrand.html
*** 名古屋コーチン協会:http://nagoya-cochin.jp/

八事五寸ニンジン
八事商店街の地域ブランド商品。商店街8店舗で販売中

<地産地消の取り組み> 多様な取り組みの展開

名古屋市は2006年、「農」のある市民の豊かな暮らしを目指して、農業振興基本方針「なごやアグリライフプラン」を定め、その中に、「地産地消」の施策も盛り込んでいる。

例えば、名古屋ブランドの普及・推進。先に挙げた南陽地区の特別栽培米「陽娘」や「なごやっこ葱」の普及、伝統野菜のPRや生産拡大、新たな加工品の開発も行っている。また、八事商店街の八事ブランドも地域発の取り組みといえる。八事ブランドには、八事五寸ニンジン以外にも天白区の特産物である梅ジュースがある。今後も地域の人やJA天白・生産者などとの連携を図り、新商品の開発や普及活動を行っていくという。

また、消費者への働きかけとしては、農業見学会の開催や地産地消をテーマとしたイベントなどを開催。2010年度の農業見学会は、「親子『食と農』の見学会」として、夏休みと冬休みの2回実施。午前中は名古屋市農業センターで野菜の収穫などを体験し、午後は味噌蔵(豊田市)や緑区のブロッコリー畑を見学して、生産者との交流を図った。

その他、公設市場や商店街と連携し青空市の開催や情報交換を行ったり、東海三県の広域連携でイベントを開催するなど、多様な取り組みが展開されている。

なごやっこ葱と生産者の鈴木さん
親子「食と農」の見学会。味噌蔵見学(2010年度夏)
親子「食と農」の見学会。農業センターでニンジンの収穫(2010年度冬)

<地産地消の取り組み> 学校へのアプローチ

地産地消の取り組みとして、学校給食へのなごやの農産物の導入と食農教育にも力が入れられている。

学校給食への導入は2004年度から始まり、年々回数が増えて、2009年度は小学校で野菜11回・米17回、中学校で野菜19回。献立表には、小学校では「みんなで食べる!なごや産の日」、中学校では「愛知を食べる学校給食の日」として紹介されている。使われている野菜は、ミツバ、水耕ネギ、タマネギ、ハクサイ、ブロッコリー、ニンジン、キャベツ(2010年度からはトマトも)。また、前述した「おかえりやさい」のブロッコリーとタマネギが導入され、学校給食から出た生ごみが給食になってかえってくるという循環の環(わ)もつながった。献立表に、プロジェクトのキャラクター「おかえりぼーや」を掲載する取り組みも始まり、児童や保護者が地産地消と生ごみリサイクルについて知る機会になっている。

食農教育としては、小学校に市職員や生産者が出向き、地元の野菜や地産地消について学ぶ出前講座を2009年度は23校で実施。「わたしたちが食べているのはタマネギのどの部分でしょうか?」など、野菜ごとにクイズをつくり、子どもたちの興味を引き出す工夫も。その他、学校から畑や水耕ミツバのハウスへ行って、見学や作業体験も行われている。子どもたちからは「野菜嫌いでいつも残していたけど、これからはできるだけ残さず食べたいと思います」というような感想も寄せられ、食育の機会になっているようだ。

おかえりやさいプロジェクトのキャラクター「おかえりぼーや」
出前講座

生産者の顔が見える朝市・青空市

地産地消の取り組みの目玉が朝市・青空市だ。JAの駐車場、神社の境内、商店街、農業公園など市内各所で定期的に開催。その数は年々増えて、2011年3月現在で27カ所。今後も設置数を増やしていくほか、農家の新規参加も促しているという。

名古屋の中心地、栄のオアシス21で開催されている「オアシス21オーガニックファーマーズ朝市村」は、このサイトでも取り上げたことがある。2004年に始まり、6年半経ってすっかり定着、出店者も買い物客も格段に増えた。当初は月に2回の開催だったが、2009年からは毎週土曜日に開催している。

愛知県・岐阜県・三重県・長野南部の木曽川流域圏で有機農業に取り組む生産者が出店。有機農業への社会的関心が高まり、有機農業を始めたいという人も増えてきた。そんな声に応えて、就農相談コーナーも設置している。出店者の畑で研修し、1年後に独立して朝市村に出店するようになった若者もいるとか。現在も7人が研修中だという。

ここに限らず、各地の朝市・青空市に買い物に来る人たちからは「とにかく新鮮」「生産者の顔が見えるから安心」「生産者と話ができるのが楽しい」という声が聞かれる。生産者から料理法や保存法などを聞いたり、逆に、「こんな野菜があるといいな」というリクエストに応えてくれる生産者もいるようだ。朝市・青空市は生産者と消費者の交流の場でもある。

オアシス21オーガニックファーマーズ朝市村
JAみどり徳重支店で開催されている土曜朝市
北区の大曽根本通商店街が主催する朝市。材料がすべて愛知県産という焼き菓子屋さんも出店
大曽根本通商店街の朝市では、12月に餅つきをして買い物客に振る舞う

大都市なごやで新鮮で安全な農産物をつくろうとがんばる生産者がいる。緑の農地に心安らぐこともあるだろう。私たち消費者ができるのは、購入することでなごやの農業を支えること。新鮮な野菜と生産者の笑顔に会いに朝市・青空市に出かけてみてはいかが。