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名古屋に残る自然を体感し貴重な生き物たちを観察 〜「名東区自然散策会」で猪高緑地を歩く〜

取材・文 新美 貴資
  • 自然

名古屋市の東部に位置する名東区。市内でも有数の大きな緑地や公園がいくつもあり、その総面積は、16ある区のなかでも上位を占める緑ゆたかな地域だ。これらの緑地や公園には多くの自然が残されており、貴重な生き物も数多く生息している。区役所では、このような財産を地域の魅力として発信し、また環境を学習する場として活かそうと、区内にある猪高緑地、明徳公園、牧野ケ池緑地で、年6回(各2回)にわたり自然散策会を開いている。去る9月13日に同会が猪高緑地で開かれたので、その模様を紹介する。大都市の名古屋に今も現存する自然、そしてそこで暮らす生き物たちにスポットをあててみた。

3つのグループにわかれて散策

当日の朝は雲ひとつない快晴。開催時刻の午前10時より30分くらい前に、集合場所となっている名東生涯学習センター前の猪高緑地入口に着くと、すでに長袖・長ズボン姿で帽子をかぶった人びとの輪ができ、にぎやかな談笑の声が聞こえてくる。頭上からの日差しは強く、直接あびると汗ばむくらいだが、木陰にはいると緑風が涼しく、ひんやりとした心地のよさを覚える。

区役所の担当者にうかがうと、この散策会は、区民らで構成し、地元で観察会を行っている名東自然倶楽部の協力を得て、区の事業として実施されたもの。継続して行われるようになったのは平成14年からだが、それ以前より区の事業として開かれていたという。参加する人びとは、区内在住者がほとんど。この日の参加者は67名(うちサポーター20名)で、いつもより多いそうだ。

近くにいた、70代とおぼしい男性参加者にあいさつして声をかけると、緑地内にあるため池で昔に泳いだことがあるという。かつては区内に100を超えるため池があったそうで、今は10程度になってしまったのだとか。緑地およびこの周辺の今昔などをいろいろうかがっている間に、これから歩く猪高の森への関心がふくらみ、散策への期待が高まる。

全員が集まるなか、自然観察指導員で名東自然観察会代表の堀田守さんが、「自然のなかを楽しもう」と呼びかけ、今回のテーマであるトンボ探しについて説明した。この日の散策は、午前10時から12時までの約2時間で、ゆっくり森を楽しむグループ、池および周辺の植物を観察するグループ、丘陵をのぼりおりし緑地の奥にある田んぼまで歩くグループの3つにわかれて実施されることになり、現地にくわしい研修を積んだスタッフが、それぞれの班に数人ついて引率することに。

堀田さんは、巣作りの時期を迎え、活動が活発になっているスズメバチへの対応についても触れ、「刺激をしない。来たら退かない。じっとすること」と、全員に注意を喚起。希望するグループに参加者がわかれると、いよいよ散策が始まった。

集合場所の猪高緑地入口にあつまる多くの参加者

小さな生き物の無限にひろがる世界

名東区の東端にある名古屋インターチェンジからすぐの東名高速道路沿い、長久手市との境に広がる猪高緑地。区のホームページによると、昭和30年代ごろまで谷地を利用した田畑が営まれ、人の手が入った里山として利用されていたという。現在も、コナラ林、スギ・ヒノキ林、竹林、ため池、田んぼなど、当時の里山を思わせる景観が残る。ここに多くの野鳥や昆虫、草花のほか、タヌキ、イタチ、ノウサギなどの動植物が生息し、生き物たちが暮らす大切な場となっている。

緑地を縦断して田んぼをめざす、もっとも距離をあるくグループに加わり、年長者から子供までスタッフを含めた20人で出発。和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気のなか、遊歩道の整備された深い緑のなかへとわけ入る。すこし進むと、さっそく前のほうから声があがる。近づいてみると、木肌そっくりの羽をもつ蝶のルリタテハが、幹にとまっているのが見える。さらに視線を足元にうつすと、ドングリの実をつけた小枝がいくつも落ちている。スタッフによると、これは昆虫のチョッキリの仲間が実のなかに卵を産みつけた後、口で枝を噛みきり落としたものだという。なるほど、ひろって見ると切り口はあざやかで、ドングリの表面には一点、なかに卵を産みつけたと思われる小さな穴が確認できた。実のなかで育った幼虫は、やがて表に顔をだし、土のなかでサナギになって成虫になるという。

小さな生き物の無限にひろがる世界を知り、驚きにひたりながらさらに奥へと進むと、ギーンという聞きなれない虫の音がどこからか聞こえてくる。近くを歩いていた年輩の女性が、マメアサガオの白い花が咲いているよと指をさして教えてくれた。濃い緑から赤へと染まりつつあるガマズミの実。くす玉のように弾けて開いた、赤みがかったゴンズイの実。縦にさけた木の幹の間にのこるハチの巣の跡をのぞき込んだり、ロープをつかんで離さないセミの抜け殻を見つけたり。休む間もなく刻々とかわっていく、生き物の多様な営みに触れて、夏から秋へとはいる季節の移ろいを自然のなかで実感した。

緑地のなかを観察しながらゆっくりと歩く参加者
木肌そっくりの羽をもつルリタテハ
チョッキリの仲間がきり落としたドングリの実をつけた小枝
赤みがかったゴンズイの実

起伏にとんだ多様な緑地をすすむ

歩いていると、次からつぎへと発見が連続する。昆虫をいち早く見つけるのは、元気いっぱいの子どもたち。コオロギやゴキブリ、バッタ、カマキリからは虫類のカナヘビの仲間まで、五感を駆使して見つけた生き物を、親と一緒に笑顔で観察する。生き物の存在を感知する能力は、すぐに自然のなかに溶け込める子どものほうが、大人よりもずっと優れているのかもしれない。

緑地をすすむとすぐに見えてくるのが、塚ノ杁池。豊富な水をたたえるため池で、ガガブタ、ジュンサイ、イヌタヌキモなど多くの水草がしげり、トンボの仲間は40近い種類が確認できるという。その一方で、近年は外来種のブラックバスやブルーギルが繁殖し、セイヨウスイレン、フサジュンサイが繁茂。もとの自然環境が失われつつあり、これからの課題になっている。

一匹のスズメバチが歩行者のまわりを徘徊したようで、近くにいたスタッフの一人が注意するよう声をあげる。その場にいた全員が動きをとめて、過ぎ去るのをじっと待つ。顔のまわりにたかる蚊を払いつつ、かつてはセリを栽培していたという休耕地を通り過ぎ、ぬかるんだ湿地帯をぬけると、森がひらけて陽光がさし、稲穂が頭をたれる豊穣の里山が姿をあらわした。

グループリーダーの解説に耳をかたむける参加者
多くの水草が繁茂する塚ノ杁池
道のわきで咲いていたヒガンバナ
緑地のなかにひろがる湿地帯

五感を研ぎ澄ますのがポイント

往路を終えて、田んぼのまわりを自由に見てあるく参加者。名東区が猪高村と呼ばれていたころ、このあたりは井堀(いぼり)という字名で、水が湧き出るところという意味があったのだとか。水の得にくい丘陵地では、尾根と尾根の間にはさまれた小さな谷地形の洞の上部にため池を築いて水を貯え、棚田に水を引いていたという。

「今年は雨が降ったし、成績がいいね」。まだ青い稲穂の実り具合について、区内でかつては米づくりをしていたという元農家の男性が、うれしそうな表情でつぶやく。カエルやトンボ、バッタなどの生き物であふれる田んぼの奥は、たくさんの車が行き交う東名高速道路がはしり、その先には高層マンションや工場が見えた。

昔は薪や炭、竹など、森の恵みを得るための雑木林として人々の生活を支えてきた猪高の森。丘陵地の谷地形を活かしたため池と棚田によって、米づくりも行われてきた。しかし、生活の変化によって手入れが行われなくなってからは、かつてあった里山の風景は失われてしまう。そのようななか、近年になって市民と行政の連携による里山保全活動が始まり、さまざまな動植物と共存する身近な自然と里山の風景がよみがえった。

出発地点へともどる復路もいろんな生き物を観察しながら無事に到着。一緒にあるいたグループ全員で、確認できた秋の七草やトンボの名前のほか、虫の音や木の実、鳥の声なども報告しあい、事前に配布されたシートに書き込んでいった。今回、目視できたトンボは、ギンヤンマ、シオカラトンボ、ヤブヤンマなど9種類にのぼった。最後に引率したスタッフのリーダーが、自然散策について「五感をとぎ澄ますのがポイント。匂いがあるし、手の感触がある。耳からも聞こえる」とアドバイス。季節やコースによって異なる自然散策の魅力にふれて閉会となった。

今回参加した自然散策会では、体験した一つひとつの驚きが大きな宝物となった。都会にのこされた自然のなかに無数の多様な営みがあり、そこに人の手が加わることによって、緑地の生態系が守られ、循環が繰り返されている。さまざまな生き物が暮らす森のなかを歩いていると、人間も自然のなかの一部であり、生かされている存在であることが、自然のなかにわけ入ることで実感としてわかる。きっと新たな発見と驚きがある名東区自然散策会。これを機会に身近な自然にふれてみてはどうだろう。

のどかな里山で生き物を観察する参加者
長い樹齢を数える「井堀の大クス」
サルノコシカケの仲間。緑地ではたくさんの種類のキノコが見られた
ピンク色をしためずらしいツユクサ