ENVIRONMENTALCOLUMN 環境情報を知りたい方/環境コラム

名古屋の生物の最新情報を知る 〜希少種シンポジウム「次代に引き継ぐなごやの貴重な生きものたち」開催〜

取材・文 新美 貴資
  • 自然

名古屋に生息・生育する生きものの最新情報を専門家らが報告する、希少種シンポジウム「次代に引き継ぐなごやの貴重な生きものたち」(動植物実態調査中間報告会)が3月1日、市内の中区役所ホールで開かれた。市環境局「なごや生物多様性センター」が主催した。

絶滅のおそれがある野生生物の種の一覧である「レッドリスト」。このリストを改訂するため、市では11の分類群の生きものについて実態調査を進めており、調査結果を報告し、また、市民への情報提供と調査への協力をよびかけるため、このシンポジウムを企画した。今回の調査結果をもとに、レッドリストと、リストに掲載された種の生息・生育状況や減少要因を解説した冊子の「レッドデータブック」の改訂版が2014年度に公表される予定だ。

シンポジウムでは、ほ乳類や鳥類、魚類や昆虫類など11の分類群について、それぞれの専門家から報告があり、参加者との質疑応答も行われた。広いホールの会場は、年輩の男性を中心に若い女性や学生など、たくさんの参加した人びとで埋まり、熱心に耳を傾ける姿が多く見られた。来場者は、シンポジウムの発表を通して、名古屋に残る貴重な生きものたちの存在を知り、こうした動植物をはぐくむ自然環境の重要性について理解を深めた。

レッドデータブックの必要性を強調

シンポジウムでは、開会にあたり市環境局の担当者が挨拶し、「はじめに」と題して、市動植物実態調査検討会座長の芹沢俊介さん(愛知教育大学名誉教授)が、「名古屋市動植物実態調査とレッドリストの改訂について」説明した。

芹沢さんは、2008〜2009年度の実態調査から、市内に生息する動植物は約5400種(動物:約4350種、植物:約1000種)あるとし、このうちの多くが絶滅の危機にひんして、「かなりの種が危ない状況にある」と警告。96種が絶滅(動物:21種、植物75種)、345種が絶滅危惧種(動物178種、植物167種)となっている現状を報告した。

市版のレッドリスト・レッドデータブックがなぜ必要かについて、芹沢さんは「日本全体では絶滅が危惧されていないが、愛知県では絶滅の危機がせまっている生物もあり、県全体では絶滅が危惧されていないが、市では絶滅の危機がせまっている生物もある」。「市のように大都市でしかも浅い丘陵地しかない地域では、県全体としてはそれほど重要でなくても、市の自然環境を考えるうえでは重要な生物が数多く存在する」として、その必要性を強調。県域ではレッドリストにあがらないが、尾張・西三河地域では名古屋のみでしか生息が確認されていない山地性植物のヤマユリを例にあげ、「守山区に数株しか残っていない。名古屋では重要な種であり、保全するべき」と訴えた。

また実態調査のねらいについて、芹沢さんは「市内の野生動植物の生息・生育状況を調査し、名古屋の動植物の現状を明らかにする」ことによって、生物多様性センターに生物情報を蓄積し、市民に身近な自然を知ってもらうための基礎資料として活用すると説明。もう一つのねらいが、「名古屋で絶滅のおそれのある野生動植物を調査・選定し、レッドリスト・レッドデータブック改訂のための資料にする」ことで、この実態調査が市の生物多様性を保全するうえで、欠くことのできない重要なものであることを説いた。

レッドリスト・レッドデータブックの改訂についてもくわしい説明が行われた。年々変化する生きものの生息・生育状況について、最新の情報を反映させるため、レッドリストはおおむね5年で見直し、レッドデータブックは10年ごとに改訂する。今回の改訂作業は、2012〜2014年度にかけて実施されるもので、現在進められている実態調査の結果をもとに作成したものが、市版「レッドリスト2015」となる。調査結果の評価、およびレッドリスト掲載種の選定などは、各分野の12名の専門家からなる実態調査検討会が行う。

最後に芹沢さんは、このシンポジウムを企画した趣旨にも触れ、実態調査からわかったことを報告して、「名古屋の生きもののいまを知っていただく」ことだとし、調査で収集できる情報には限界があることから、調査への参加や情報提供などにおいて市民の積極的な協力を呼びかけた。

市動植物実態調査検討会座長の芹沢俊介さん

6つのカテゴリーからなるレッドリスト

続く「トピックス」では、「落葉の下の動く宝石『陸貝』—なごやから新種がでるかも!—」と題して川瀬基弘さん(愛知みずほ大学講師)が、「自然とのふれあい—植物画を通して—」について鳥居ちゑ子さん(愛知植物の会会員)が発表した。

その後、絶滅のおそれのある名古屋の野生生物についての「報告」へと移り、11ある分類群(ほ乳類・鳥類・は虫類・両生類・魚類・昆虫類・クモ類・カニ類・貝類・コケ植物・維管束植物)について、検討会のそれぞれの委員から、これまで行われてきた実態調査にもとづくレッドリストの見直し案とその特徴などが報告された。

レッドリストは、以下の6つのカテゴリーからなる。

○「絶滅(EX)」(過去に生息が確認されていたが、今は絶滅したと考えられる種)
○「絶滅危惧ⅠA類(CR)」(近い将来絶滅の危険性が極めて高い種)
○「絶滅危惧ⅠB類(EN)」(近い将来絶滅の危険性がやや高い種)
○「絶滅危惧Ⅱ類(VU)」(絶滅の危険が増大していて、近い将来Ⅰ類に移行すると考えられる種)
○「準絶滅危惧(NT)」(今は絶滅の危険度は小さいが、生息条件の変化によっては上位ランクに移行する要素のあるもの)
○「情報不足(DD)」(確認例があまりにも少なく、ランクの判定ができかねるもの。リストに選定されるかどうか分からない種)

会場には多くの参加者がつめかけた
愛知みずほ大学講師の川瀬基弘さん
愛知みずほ大学講師の川瀬基弘さん

専門家が報告し課題を提起

11ある分類群のうち、ほ乳類を担当した野呂達哉さん(市環境局生物多様性専門員、金城学院大学非常勤講師)は、市産のほ乳類目録とレッドリストの改定案について報告した。ニホンジネズミ、ハタネズミについては、「環境選好性が高く、市内での生育場所が著しく減少。最近の捕獲例・確認例が極めて少ない」ことから、「絶滅危惧IB類」から「絶滅危惧IA類」に変更。過去に生息が確認されているものの、「市内で繁殖しているかどうかは不明」のオヒキコウモリを「情報不足」として追加。市内で繁殖していることが確認できたが、由来が不明なイノシシについては、「絶滅」から「情報不足」へ変更するなど、図表や写真を使い改定案についてわかりやすく解説した。

野呂さんは、「大型動物であるほ乳類は、連続した広い面積の生息場所を必要とする。しかし、都市化が進んだ市内には、それに見合うだけの広さの緑地はごく一部である。残存する森林だけでなく、生息場所同士をつなぐ河川沿いの草地や林、耕作地周辺に残る自然環境を今後どのようにして残していくかが、ほ乳類たちが生き残っていくための一つの鍵になるのではないか」などと述べて発表をまとめ、課題を提起した。

他の分類群についても、レッドリストの改定案とその特徴などが、それぞれの専門家から発表された。詳細な報告に対し、参加した人びとからは、いくつかの質問が寄せられ、希少種に対する関心の高さがうかがわれた。多様な生物の連鎖によって成り立つ私たちの世界において、希少種となってしまった生きものたちの存在は、けっして小さくない。名古屋に生息・生育する、貴重な生きものたちの現状を明らかにしたシンポジウムの開催は、自分たちが暮らす足もとを見つめなおす、よい機会となったのではないか。

会場で配布されていた、生きものの情報や市民生きもの調査員の募集を呼びかけるパンフレット
報告に熱心に耳を傾ける参加者。希少種に対する関心の高さがうかがわれた