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地域の間伐材で、教室に心地よい風を 〜「教室に届けるおんたけの森」物語〜

取材・文 吉野 隆子
  • 自然

森を良い状態に保つために、間伐作業は欠かせない。しかし、切り出した間伐材を運び出すのは大仕事だ。運び出せたとしても、現状ではその活用に限界がある。

今回ご紹介する『名古屋市版教室の空気はビタミン材運動〜教室に届けるおんたけの森〜』は、地域の間伐材を子どもたちの手で自分たちの教室の掲示板に張る取り組みだ。豊川ではじまり、名古屋でも昨年、取り組みが始動している。

間伐材の使い道を広げるだけのことではない。この活動を通して、木の香り、あたたかな手触りを知り、森への理解を深めるだけでなく、カンナやのこぎりがけ、釘を打つ作業の楽しさをはじめて体感する子どもが増えている。

教室に届けるおんたけの森

1月26日、名古屋市北区にある大杉小学校で、出前授業「教室に届けるおんたけの森」が行われた。参加したのは6年生33人。同市北区の阿部建設をはじめとした工務店4社でつくる『名工家(めいこうや)』のサポートを受けながら、長野県王滝村にある名古屋市民おんたけ休暇村から提供を受けた間伐材を、名工家の費用で板材に加工し、教室などの掲示板に張った。

作業に先立って、おんたけ休暇村の坪内英二理事長らが、休暇村付近は名古屋の水源地であり、水源を守るためには森が必要であることなどを説明した。森に間伐が必要な理由を、「枝と枝がぶつかったら、木の成長が止まってしまう。だから間伐が必要なんだよ。森が死んだら、水も死んでしまうんだ」と説明する坪内さんに、子どもたちがうなずく。切り株を手にとってずっしりとした重さに驚き、年輪を数え、木の香りも知る。さらには、同じ大きさの鉄の玉と木の玉を手に持ち、熱伝導の違いを体感。間伐材をのこぎりで切り、カンナをかける作業には、子どもたち全員が挑戦した。

カンナかけは難しい。先生が挑戦して失敗するそばで、子どもは熱心に繰り返し、みるみる上達していく。杉、檜(ひのき)、タモの三種類の木を夢中になってカンナがけした子どもたちは、「木の種類が違うと、堅さが違うよ」「カンナをかけるのが楽しかった」と声をはずませた。カンナくずを袋につめて「木っていいにおいがするね」と喜ぶ子どももいる。

子どもたちが気軽に挑戦できるのは、「カンナやのこぎりをかける作業も体験させたい」と、知恵をしぼって安全に体験できる道具を制作した、名工家メンバーのサポートがあればこそ。カンナかけの台には木がずれないように、さまざまな細やかな工夫がこらされている。

同小学校の多湖史子校長は、「この取り組みについて聞き、ぜひここでもやってみたいと思いました。目的のひとつは、子どもたちに本物の木に触わって、木の触感やぬくもり、大切さを感じてもらうこと。もうひとつは、日ごろ接することのない本物の大工さんたちと触れ合うことですね。毎年続けていきたいと思っています」

間伐材を教室へ

この取り組みを提案したのは、名工家の代表を務める阿部建設の阿部一雄社長。名工家のメンバーであるイトコーの伊藤正幸社長が、豊川を中心とした奥三河で10年以上前から取り組んできた、間伐材を教室の掲示板に張る取り組み『教室の空気はビタミン材運動』を、「名古屋でも実現したい」と願い、3年かけて構想を練ってきた。

実現したのは、2011年10月。名古屋市立八事小学校で6年生49人が参加して、出前授業「教室に届けるおんたけの森」を行った。間伐材の加工と当日の運営スタッフは名工家が担当、全体の運営とPRを名古屋市市民経済局、学習プログラムの作成や企画の支援は同市環境局が支援した。

おんたけ休暇村の坪内さんは、「作業をしているときの子どもたちは、生き生きしている。おんたけの森や木について知り、木に触れることで、森に目が向くとうれしいですね」と顔をほころばせていた。

近くの山で育った木で家造り

『教室の空気はビタミン材運動』を始めたイトコーの伊藤正幸さんは、新建材とクロスの家に充満するにおいに疑問を持ち、25年前から自然素材・自然エネルギーを利用した家造りに取り組んできた。当時の家造りは、骨組みに輸入材、内装は新建材を使い、国産材が使われることはほとんどなかったという。「このままでは地元の山が死んでしまう」と感じるようになり、2000年から近くの山で育った木を使い、地域の伝統や技術を受け継ぐ地元の職人の手による家づくりに取り組んできた。

次第に活動を広げ、豊川流域圏にある工務店や設計事務所、職人、そして地域に住む人たちに向けて、「輸入した建材より少し高いけれど、近くの山の木を使いませんか」と呼びかけて、「穂の国から始まる家づくりの会」を結成、会員とともに森に入り、どのように木が育つのか、体験する機会を作った。

植林をすると、次の年から下草刈りが必要になる。すぐに枝打ちがはじまり、5〜10年後には間伐が必要になる。木を育てるには手間と時間がかかる。伊藤さん自身もこの経験を通して木が大きくなるまでの過程を体感し、大切に使おうという気持ちが強くなったという。国産の無垢の木の良さを認めてくれる人を増やすため、価値観を共有するための勉強を共感してくれた人たちと一緒に重ねている。

国産材を使ううえでもうひとつ意識しているのは、地域にお金が落ちるようにすること。地域の山の木を使い、地域の職人さんや大工さんなどを雇用すれば、地域にお金が落ちる。「経済が伴ってはじめて、循環型になっていく」と伊藤さんは考えている。

子どもたちに木に触れる体験を

「教室の空気はビタミン材運動」を始めたきっかけは、子どもたちが家では新建材、学校では鉄筋コンクリートという環境の中で暮らしていて、木に触れる機会がないことに伊藤さんが気付いたことだった。木に触れず、木の良さを知らずに育てば、おとなになっても木に興味が向かないかもしれない。

十数年前から、「間伐材を学校の掲示板に貼らせてほしい」と頼んできたが、調整が難しくてなかなか実現せず、ようやく実現したのは2002年9月。実際に掲示板に間伐材を貼ってみたら、わずか畳一枚分なのに木の香りが教室に漂い、空気が変わって落ち着くように感じ、継続していくことを決めた。

板の購入費用などの運営にかかる資金は、穂の国の森から始まる家づくりの会の年会費(個人1000円・法人5000円)と、地元のロータリークラブなどの協力でまかなう。板材の加工と学校での指導は、大工さんたちが社会貢献活動としてボランティアで支え、毎年地元の学校2校の掲示板に間伐材を貼ってきた。

「循環する」教室の空気はビタミン材

職人たちが見守る中で、子どもたちが金づちで釘を打つ。打ちそこねて板をへこませたり、釘を曲げたりしながら、だんだん上手になっていく様子に、先生方が子どもたちの力を再発見することも多いという。

2011年には蒲郡市立三谷東小学校で卒業を前にした6年生が、14教室すべての掲示板に地元奥三河で間伐して製材した杉板を張った。
「14ある教室すべての掲示板に板を貼るなんて大変そうだと思ったのですが、子どもたちは釘を打つのが楽しかったと話していました。大喜びで作業を進め、あっと言う間に終わりました」と同小学校の渡辺充江校長。「木のあたたかみや香りで、子どもたちはほっとするようです。木や木材に直接触れることが、減っているんですね」

子どもたちの感想文には、「やっているうちに釘を打つのがうまくなって楽しくなった」「とてもいい香りがして、気持ちがよくなってきました」とあった。

いま伊藤さんが力を入れているのは、教室に張った板の再利用。前年に張った板を、新6年生がくぎ抜きを使ってはがし、その板を自分たちの手で切る。板にやすりをかけて思い出を書いたり、木のパズルを作ったりして、思い出の品として持ち帰る。掲示板には次の6年生のため新たに間伐材を張って卒業一一そんな循環だ。「2年目までは間伐材をプレゼントすることにしています。後は学校と地域の大工や工務店が協力して、一緒にやっていけるように方向づけしていきたい」

名古屋で広がるおんたけの森

「教室の空気はビタミン材運動」に関わる人たちの願いは、この運動が地域の間伐材を生かす方法として全国に広がっていくことだった。2011年にはその願いがかない、名古屋に広がった。

「子どもの輝く目を見たとき、やってよかったと思った。都会の子どもたちは木に触れたり人に触れたりする機会が限られていますが、職人や木と触れ合うことで、コミュニケーションが生まれ、感性が養われていくように感じます」と名古屋の取り組みをはじめた阿部さんは力を込める。

名古屋市の水源の森で育って間伐された木が板になり、それを子どもたちが掲示板に張る。ひとつながりの物語の誕生だ。

4月には北区内の別の小学校で、左官作業も含めた体験を行う予定だ。
「左官屋さんが腕を発揮できる現場が減ったこともあり、業界として職人としての左官屋さんを育ててきませんでした。それでいま、若い左官屋さんがいなくなってしまった。学校での活動を通して、職人教育もしていきたいと思っています。自分たちにできるのは年間5〜6校ですが、できる限り広げていきたい」(阿部さん)

一校、また一校と、「教室に届けるおんたけの森」が広がっていくことが、名工家のメンバーの張り合いとなっている。